ティラナとデュラス

アルバニアの首都ティラナ
アドリア海の港町デュラス
2つの街を紹介
2018年10月訪問

写真はティアラのスカンデルベク騎馬像


アルバニアはアドリア海に面し、南はギリシャと接するバルカン半島南西部に位置する国。

その立地から、古代にはギリシャ人が植民市を造り、その後はローマ帝国に支配されました。更にビザンティン帝国・ブルガリア王国・セルビア王国等の支配を経て、15世紀からオスマントルコの支配下に入ります。

首都ティアラのスカンデルベク広場には騎馬像が立っています。これは14世紀にオスマントルコの侵攻から25年間に渡り独立を守った民族の英雄スカンデルベクの像。本名はジョルジ・カストリオティ。その武勇からアレクサンダー大王にちなんだイスカンダルベイ(アルバニア読みがスカンデルベク)と呼ばれました。

彼の死後、15世紀にオスマントルコの支配下に入り、20世紀にようやく独立。王政となるものの政情が安定せず、第2次世界大戦ではイタリア・ドイツに征服されます。ソ連により解放され、共産主義国家となりますが、独裁者ホッジャはソ連や隣国ユーゴを批判して鎖国政策をとり、その結果、ヨーロッパの最貧国と言われるようになってしまいます。1990年に民主化され、ようやく鎖国も解かれました。

ティラナ

街の中心スカンデルベク広場


ティアラは1925年にアルバニアの首都となった街。街の中心スカンデルベク広場には、なぜか回転木馬が置かれていました。現地ガイドさんによると鎖国時代には人々の移動も制限され、民主化された1990年時点でも首都の人口は20万人ほどだったそうです。しかし、民主化後、急速に人々が流入するようになり、今では人口80万人になったとのことでした。

広場から見た時計塔とエサム・ベイ・モスク


広場に面して建つエサム・ベイ・モスクは美しい装飾で有名なモスク
残念ながら修復工事中

工事中で見学不可
 
 本当はこんな感じだそうです


広場に面する国立歴史博物館


@古代、A中世、B独立、C共産主義とその崩壊が展示されています。
残念ながら写真撮影禁止ですが、古代遺跡からの出土品やイコンの展示が素晴らしかった。

官庁街にもカラフルな建物や斬新な建物が多い。
   

このオブジェも面白い。なんと日本人の作品。



信号機も面白い。信号機ごと色が変わります。


赤になると、こうなる。


1990年に民主化したアルバニアは1991年にアルバニア共和国と名前を変えます。しかし、国民が市場経済に疎かったこともあり、ネズミ講が国民に大流行。1997年には国民の3分の1が財産を失い、暴徒により政権も転覆されるという大混乱の事態となってしまいます。その後の総選挙を経て現在は落ち着きを取り戻しましたということです、現地ガイドさんは結構年配の人で、「鎖国時代はともかく辛かった、民主化して精神的に自由になったことが何よりも嬉しい」と語っていました。街を歩いていると、何というか、「若い国」といった印象を受けます。

鎖国時代、アルバニアは国民皆兵政策をとり、全土にトーチカを造らせました。
ティラナの街にも当時のものが残っています。
   


独裁者ホッジャが生前自分の記念館として建築した建物


独裁者の死後は派手な落書きがされ、荒れ果てました。
今ではホッジャが考えたのとは違う内容の博物館になってます。

首都ティラナからアドリア海の港町デュラスに移動します。
かっての都デュラスはティラナから車で1時間弱でした。

デュラス



アドリア海の港町デュラスはイタリア半島とバルカン半島を繋ぐ最短の港町。
今もイタリアからの大型フェリーが運航しています。

港の近くに残るヴェネツィア時代の見張り塔やビザンティン時代の城壁。


デュラスの街は前7世紀にギリシャの植民市として建設されました。当時の名はドゥラキウム。
カエサルがポンペイウスらの元老院派が激突したドゥラキウムの戦いは、この街が舞台でした。
カエサルはドゥラキウムで大敗しますが、その後のファルサウスの戦いで元老院派を破ります。

ローマの支配下で街はエグナティア街道の西の起点として繁栄しました。エグナティア街道はアドリア海とエーゲ海を繋ぎ、ビザンティウム(現イスタンブール)に至る重要な街道です。その後も、この街は交通の要衝として栄え、ビザンティン時代・ヴェネツィア時代には城塞が築かれました。

ビザンティン時代(7世紀)の城塞
 
ヴェネツィア時代(14世紀)の見張り台
 


ローマ劇場(円形闘技場)


城壁を抜けるとローマ劇場(円形闘技場)が現れます。剣闘士の闘いなどが行われました。
収容人数は1万5000人から2万人ということで、バルカン半島最大です。


長い歴史のある街ですが現在は人気リゾート地
海沿いにはリゾートホテルが建ち並びます。
アドリア海に沈む夕陽が美しかった。



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日本ではほとんど資料を見つけられませんでした。
現地ガイドさんの説明を元にまとめています。