ハフパット(アフパト)とサナヒンの修道院

グルジアとの国境に近いアルメニア北部
切り立った崖の上にハフパット修道院とサナヒン修道院はあります。
異教徒からキリスト教を守った修道院です。
2009年5月訪問

写真はハフパット修道院と鐘楼


アルメニアは国土の9割が海抜1000mから3000mの高地という山国です。グルジアからアルメニア北部に入ると、不思議な景色が見えてきました。山の上の方を横に切り取ったかのように崖の上に平らな台地が広がっているのです。こういう地形をなんというのでしょう。ハフパット(アフパト)修道院も、このような山の上にありました。




ハフパット(アフパト)修道院

ハフパット修道院は「ハフパットの聖十字架」とも呼ばれる修道院です。



ハフ(アフ)とは「強い」、パット(パト)とは「壁」の意味。ハフパット修道院は、その名の通り玄武岩で出来た壁を持ち、重厚な印象を受けます。

アルメニアは4世紀には世界で最初にキリスト教を国教とした国ですが、ゾロアスター教を信奉するペルシャと対立し、7世紀にはアラブに占領されます。しかし、アラブはこの地を統治させるためにアルメニア人の貴族を諸侯として任命し、9世紀にはバグラト王朝がアルメニア王国を再建します。この修道院は10世紀にバグラト朝のアショット3世の二人の息子のために造られた寺院で、13世紀に前室などが増築されました。多くの建築物からなる複合的な宗教施設です。

主聖堂と玄関廊
重厚と言うか荘厳というか、シンプルながらインパクトの強い建物です。
   


主聖堂中央の大円蓋にはキリストと十二使徒が描かれています。
椅子に座るキリストは今でも鮮やかです。その下には十二使徒。


そばには赤い服を着たサルドゥーリ王の息子の像も描かれていますが
残念ながら保存状態はあまり良くありません。


修道院は増築等で非常に複雑な造り、外に出ると自分がどこにいるのか分からなくなります。
それにしても、石組みのドームが美しい。
   


歩いていると大きな十字架が彫られた石が立っているところに出ました。
アルメニア教会の特徴であるハチュカル(十字架石)です。
墓石として使用されたもので、必ず西を向いているのが特徴だそうです。
   

最上部中央には神が、左右には2人づつの天使がいて、磔になったキリストの上部には左に太陽、右に月が彫られています。そして、キリストの下には聖母マリアとキリストを十字架から下した人が描かれ、その左右には十二使徒が彫られています。

このように非常に装飾が多いのは、アルメニアではキリスト教伝来前から十字架模様が使用されており骨を意味したことから、それと区別するために装飾が増えたのだそうです。このハチュカルはアルメニアで最も有名な十字架石のひとつとされていて、サルドゥーリ王の息子が父王のために作ったものだそうです。


ハチュカルは教会内に数多くあり、その多くは無造作に並べられていました。
上のハチュカルや下・中央のハチュカルに描かれた複雑な模様はケルティック織りと言います。
始まりと終わりのないつながった装飾で非常に美しい。
     



教会内に変わった部屋があります。床にいくつも穴が開いてます。
ここは図書館なのだそうです。


床に開いた丸い穴は甕に書物を入れて隠した場所。アルメニアは9世紀に独立を果たした後も、ビザンティンやセルジュクからの侵略を受けました。異教徒から守るために書物を床下に隠していたわけです。この図書館自体、表からは屋根しか見えない構造になっているとのことでした。

修道院の裏に廻って納得。屋根しか見えない建物がいくつもあります。
建物が大地に埋もれているかのようです。



ちょっと建物を回り込んでみました。この角度だと構造が分かりやすいでしょうか。



裏手には鐘楼もありました。13世紀に造られたものだそうです(左)。
それにしても屋根だけの埋もれたような建物・・・不思議な造形です(右)。
   

修道院には他にも食堂や小さな礼拝所など多くの建築物があります。
ちょっと迷路のようですが、異教徒から信仰を守るための工夫だったのでしょう。




サナヒン修道院

ハフパット修道院から車で1時間もかからない場所にサナヒン修道院はあります。
ハフパット修道院同様、切り立った崖の上に建つ修道院です。



サナヒン修道院の「サナヒン」とは「それより古い」という意味。それとはハフパット修道院のこと。サナヒン修道院も10世紀に造られた修道院ですが、ハフパット修道院より前に造られています。
とは言え10世紀に造られたのは比較的小さな教会で、13世紀に多くの増築がなされました。
具体的に言うと、10世紀の教会の前に前室を造り、更に10世紀の教会の横に13世紀に別の教会を作り、2つの教会の間を修道士達の勉強室としました。しかも、13世紀の教会にも前室が造られました。他にも小さい教会や図書館などがあり、複合的な宗教施設となっています。


上の写真のように修道院に入るとまず鐘楼が目に入ります。
鐘楼の裏手に見えるアーチが前室の入口です。

鐘楼
 
 鐘楼裏手のアーチ


アーチをくぐって前室に入ると
前室が2つに分かれていて、柱の形も違うことがわかります。

 10世紀の教会の前室
柱が四角い
 13世紀の教会の前室
こちらは丸い柱


10世紀の教会の前室。右手は勉強室。




この勉強部屋はちょっと面白い。10世紀の教会と13世紀の教会の間にあります。
生徒が両側に座り、教師が真ん中を歩きながら講義したのだそうです。




10世紀の教会(左)と13世紀の教会(右)
かってはフレスコ画で飾られていたそうですが、今では残っていません。
左の写真の左側の壁には10世紀の教会の模型があります。
   



こちらは13世紀に造られた図書館。
面白いのは、柱の装飾が全て異なること。
     



10世紀の教会を裏から見たところです。
写真の真ん中が10世紀の教会。元々は小さな教会だったことが分かります。
左側の3つの石板が立っている場所が勉強室です。右手に見えるアーチの先が図書館。



図書館と小さな教会。一人で祈りたい時に使うのだそうです。




周囲を散策してみました。
石造りの修道院は新緑に映えます。
   


建物の中が暗く荘厳といった雰囲気なのに対し、
外観は清々しいというか清楚というか。


なんとも清らかな景色です。



修道院の見学後、面白いものがあると言う現地ガイドさんに付いて行くと・・。
なんと、突然、戦闘機が・・・


実はサナヒンはソ連の有名な政治家であるアナスタス・ミコヤンの出身地。彼はフルシチョフと仲が良かったものの、フルシチョフ失脚後も生き残った政治家です。訪日も何回かしているとか。
弟のアルチョム・ミコヤンはミグ戦闘機の生みの親。戦闘機設計局の創始者です。



サナヒンの観光後はアルメニアの首都エレヴァンを目指します。
雪が残る山々を見ながらの移動となりました。




セヴァン湖

エレヴァンに向う途中でセヴァン湖に立ち寄りました。
サナヒン修道院から車で2時間半ほどの場所です。
海抜1900mにある湖で、遠くの山は雪をかぶっています。



湖畔に9世紀の修道院がありました。
左がスルプアラケロツ修道院、右がシルプアストバザヒン修道院。
凝灰岩で出来ているため独特の色合いです。


セヴァン湖からエレヴァンまでは1時間ほどでした。



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参考文献

ユネスコ世界遺産13(講談社)
21世紀世界遺産の旅(小学館)
世界遺産を旅する10(近畿日本ツーリスト)

基本的には現地ガイドさんの説明を元にまとめています。