アクロポリス遺跡

古代アテネの聖域アクロポリス
パルテノン神殿を初めとする美しい建物
ギリシャを代表する世界遺産です。
2016年9月、2017年4月訪問

写真はリカヴィトスの丘からのアクロポリス遠望


アクロポリスとは「高い丘の上の都市」という意味。アテネのアクロポリスは海抜150mの丘で、天然の要塞ともいえる地形であることから、紀元前3500年ころから人々が住み始めていたといいます。紀元前13世紀の古代ミケーネ文明期には宮殿や防御のための城壁が造られ始めていました。そしてミケーネ文明後の暗黒時代を経て、紀元前8世紀ころにポリスの守護神を祀る聖域として神殿が建てられ始めます。ペルシャ戦争で一度はペルシャに占拠され、当時の神殿を破壊されますが、アテネがサラミスの海戦でペルシャを破って黄金期を迎えた時代(紀元前460〜430)に、指導者ペリクレスの計画の下、パルテノン神殿など多くの建物が新しく建て替えられました。

アクロポリスに通じる道

「高い丘の上の都市」というだけあってアクロポリスに行くには坂を登らないといけません。
アクロポリスに通じる道は西側のみ。他の三方は崖。確かに天然の要塞。
丘の上に見えるパルテノン神殿を目指して西側の坂を登ります。



坂を上っていくと色々な建物が木々の間から顔を出します。
アクロポリスの入口近くのアテナ・ニケ神殿。



先を急ぎたいところですが、現地ガイドさんがちょっと待ってと声をかけます。
このあたりから、アクロポリス南麓のイロド・アティコス音楽堂が良く見えるんです。

イロド・アティコス音楽堂



イロド・アティコス音楽堂は後2世紀の大富豪アティコスがアテネに寄贈した音楽堂。ギリシャがローマ帝国の属州になった後の建物です。アティコスが妻の死を悼んで建てたものだということですが、現在では修復されて様々なコンサート等に利用されています。観客席は6000席だとか。


入口はローマ時代に建てられた門。

ブーレの門



実は帰る時用の門。中から撮りました。


いよいよアクロポリスです。凄い大混雑。



プロピュライア(前門



アクロポリスの前門・プロピュライアは紀元前5世紀にペリクレスの指揮の下で建設されたもの。白い大理石で建てられ、柱はドーリア式。中央の建物を挟んで両側に建物が並んでおり、北翼の建物は絵画館として知られています。南翼の建物の先にはアテナ・ニケ神殿が建てられました。

アグリッパの記念碑(左)と絵画館(右)


アグリッパの記念碑は今は台座だけが残ります。アグリッパはローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの腹心で後に娘婿になる人物。軍才に優れた将軍で、多くの建造物を建てたことで有名。

先に進もうとしたら、ここでも現地ガイドさんからストップの声。見晴らしがとても良いので見逃すなとのこと。実際、ここからは古代ギリシャの大切な場所をいくつも展望することができます。

アクロポリス北西麓は古代アテネ市民の公共の場・古代アゴラ


左上はヘパイストス神殿(テセウス神殿)、右にアグリッパの音楽堂の柱


古代アゴラから視線を少し左に移すとアレイオス・パゴス
人々がたくさん登っている岩山がアレイオス・パゴス。アレス神の丘(大岩)の意味。


貴族たちの評議所であり、パウロが説教をした場所(不評だったらしい)でもあります。


更に左。ギリシャ教会のドームの左側がアテネ市民の民会が開かれたプニュクスの丘。
古代アテネ民主制の象徴的場所


紀元前460年ころアレイオス・パゴスの貴族評議所から市民の民会に政治は移ります。


更に左に目をやると遠くにエーゲ海が見えます。なんか、感動。
アクロポリスから見えるんだ、エーゲ海。



アテネ市街を見渡してから、いよいよ前門へと進みます。

前門南翼の建物とアテナ・ニケ神殿


実はアテナ・ニケ神殿は前門を登る途中からが最も良く見えます。

アテナ・ニケ神殿



ニケは勝利の女神。アテナ・ニケ神殿は「翼なきニケの神殿」とも呼ばれます。ここにはアテネ市民が戦いで常にアテネが勝利を得られるように、勝利の女神がどこにもいかないようにと願い、その翼を切った勝利の女神の木像を置きました。ペリクレスにより建築が始まり紀元前424年に完成しますが、オスマントルコ時代に解体されてしまいます。ギリシャ独立後に破片を集め、復元したのが現在の神殿。イオニア式の柱と外壁のレリーフが印象的。小さいけれど美しい神殿です。




前門を抜けてアクロポリスの中へ
   


前門を抜けると、いよいよ目の前にパルテノン神殿
でも絶賛修復中(2016年9月)


パルテノン神殿はビザンティン時代に教会として利用された後、オスマントルコ時代には軍隊が利用することとなります。ヴェネツィア軍との戦闘の際、パルテノン神殿は火薬の貯蔵庫とされていたため、ヴェネツィア海軍の大砲攻撃を受けて大爆発を起こし、酷く破壊されてしまいました。
現在、パルテノン神殿は紀元前5世紀の姿に戻すための修復工事が続けられています。大規模な重機が入ってるのは興ざめではありますが、それでもやっぱり感動してしまう。


アクロポリスで破壊されたのはパルテノン神殿だけではありません。
現在のアクロポリスとかってのアクロポリスの再現図を並べた絵葉書がありました。
   

多くの建物が今は失われていることがわかります。

アクロポリス内では航空写真が案内図になってました。番号が振ってあるので分かりやすい。


@ブーレの門(ローマ時代の門) Aアグリッパの記念碑(ローマ時代) Bプロピュライア(前門) 航空写真だと北翼と南翼の建物が良く分かります。 Cアテナ・ニケ神殿 Dアテナ・プロマコス像(5世紀までアテナ女神の巨像が立っていた場所)。 Eアルテミス・ブラウロニアの聖域 かってアルテミス女神を祀る神殿があった場所。現在は礎石のみ。 Fアテナ古神殿跡・アテナの祭壇跡 紀元前6世紀に建てられ、ペルシャ軍に破壊された神殿の跡。 Gエレクテイオン 少女像の柱が有名。 Hパンドロセイオン I〜Jパルテノン神殿 アクロポリスの中心であるアテネ女神に捧げられた大神殿です。 Kロマ女神と皇帝アウグストゥスの神殿跡(ローマ時代) 
アクロポリス南麓のイロド・アティコス音楽堂とディオニュソス劇場の位置も書き足してみました。

これまで@〜Cを見てきたことになります。
見どころは多いですが、まずは、やっぱりパルテノン神殿

パルテノン神殿

パルテノンとは「処女宮」を意味し、処女神アテナに捧げられた神殿です。
アクロポリス入口に面した神殿西側から反対側の東側に向かいます。
   

処女神アテナはアテネの守護神。パルテノン神殿はペルシャ軍に古アテナ神殿が破壊された後、紀元前447年から紀元前431年にかけて再建されたアテナ神殿です。当時のアテネはサラミスの海戦でペルシャを破り、黄金期を迎えていました。民主化を推し進め、アテネ黄金期を築いたペリクレスが計画し、当時の偉大な彫刻家フェイディアスが建築を指揮したとされています。デロス同盟により周辺ポリスからアテネに集められた貢租をつぎ込んで造られました。神殿の大きさは縦約70m、横約31m。周囲には46本のドーリア式柱。柱の高さは約10m。各柱には20本の溝が彫られています。柱は一見みな同じ太さですが、実は四隅の柱は他より太くなっているのだとか。

ちょっと後ろに下がって神殿全体を撮ってみました。
柱は正面が8本、横が17本



神殿東側。この東側が正面だったそうです。


パルテノン神殿は曲線からなっていると言われています。柱が置かれた床は中央部分が両端より高く曲線となっているし、柱は中央部分が太くなっているエンタシス。更に柱は垂直に立っているのではなく、実はやや内側に傾いているのだそうです。人間の目の錯覚を利用したものとも言われていますが、理屈はともかく、ドーリア式建物の最高峰と言われるだけあって、なんとも美しい。現地ガイドさんによると柱の溝も彫刻家が全て彫っていたそうで、細部まで凝っています。建物の大きさだけなら後の帝政ローマ時代の建物にもっと大きなものはありますが、ギリシャ時代の建物には何とも言えない品があり、中でもパルテノン神殿の品格は抜きんでているように感じます。

神殿の構造や破風の説明図。
神殿は大小2つの部屋からなっています。小さい部屋は宝物庫
大きな部屋には天井に届くほどの巨大なアテナ女神像が祀られていました。


東側(正面)の破風にはゼウスの頭からアテナ女神が誕生する場面が
西側の破風にはアテネの守護神の地位をアテナとポセイドンが争った場面が彫られていたそうです。


東側破風(屋根の下の三角形の部分)とメトープ(長方形の彫刻小壁)に残る彫刻


パルテノン神殿の破風や周囲の壁を飾っていた彫刻やレリーフは、現在はアクロポリス南麓の新アクロポリス博物館に展示されています。オリジナルの多くがオスマン帝国支配時にイギリス大使に持ち去られ、その後大英博物館に渡ったためレプリカが多いのが残念ですが、それでも、かってのパルテノン神殿が素晴らしい美の宝庫だったことを偲ぶことができます。作者は彫刻家として名高いフェイディアス。彼はパルテノン神殿の建築を指揮したペリクレスと親友だったそうです。


神殿だけでなく、かって神殿内に祀られていたアテナ女神像もフェイディアスの作でした。

女神像は高さ10m、台座は高さ2m。合わせると高さ12mもの巨大さ。台座にはパンドラ誕生のレリーフが彫られていたそうです。

巨大なアテナ女神像のオリジナルは失われていますが、当時からアテナ女神像の素晴らしさは評判だったらしく、多くの模刻が残っているので、往時の姿を偲ぶことはできます。

右はアテネ考古学博物館に展示されているアテナ・パルティノス(処女神アテナ)。もっともオリジナルに近いとされているものです。

女神は右手に勝利の女神ニケを乗せ、メドゥーサの顔のついた盾を左手で持ちます。盾の内側には蛇。ベルトも蛇です。蛇はお守りだったんですって。そして兜にはスフィンクスとペガサス。

オリジナルのアテナ・パルティノスは肌は象牙、服や装飾品は黄金でできていたといいます。
アテネ絶頂期の豊かさを示すものだったのでしょう。

アテナ・パルティノスはその豪華さから失われたのでしょうけれど、残っていた神殿破風の彫刻やレリーフまで失われたのは実に残念。

ギリシャはイギリスに返還を求めていますが、イギリスが全く応じないのだとか・・・。
本来の場所で見たいものです。


女神ロマと皇帝アウグストゥスの神殿跡



神殿の東側の近くに円形の建造物らしきものが残っています。
これはローマ人が建てた円形神殿の跡


円形神殿から見たパルテノン神殿
 
 アクロポリス東端の展望台


パルテノン神殿東側付近からの見晴らしも素晴らしい。

ディオニュソス劇場とアスクレピオスの神域

パルテノン神殿東側付近から撮ったアクロポリス南麓


写真左側には半円形のディオニュソス劇場、その右隣はアスクレピオスの神域、更に写真奥の大きな新しい建物が新アクロポリス博物館。
酒と演劇の神ディオニュソスに捧げたディオニュソス劇場は1万7000人を収容可能だったとされます。ディオニュソスの祭りの際に、この劇場で演劇コンクールが行われました。数多くのギリシャ悲劇はここで最初に上演されたのだそうです。右隣のアスクレピオスの神域はペロポネソス戦争の際、アテネに疫病が流行った際、医学の神アスクレピオスのために造られたもの。そして、新アクロポリス博物館にはアクロポリスからの出土品が展示されています。


エレクテイオンとアテナ古神殿跡・アテナ祭壇跡

アクロポリス入口付近から見たエレクテイオン周辺


アクロポリス入口付近から進むと、パルテノン神殿の左側にエレクテイオンが見えて来ます。その手前、今では瓦礫が転がっているとしか見えない場所がアテナ古神殿跡とアテナ祭壇跡。

手前が紀元前6世紀のアテナ古神殿跡。大理石ではなく石灰岩で建てられていました。


パルテノン神殿に比べると古神殿は随分小さいですが、礎石から大きな部屋と小さな部屋から成る建物でパルテノン神殿と構造が同じだったことが分かっています。かってはオリーブの木で造られたアテナ女神像が置かれていました。


エレクティオンはアテナ古神殿に隣接して建っています。パルテノン神殿より少し遅れた紀元前421年から前407年ころに建立されたもの。
この神殿もペルシャに破壊されたものを再建したと考えられているそうです。

アテナ古神殿の近くに建てられているということだけでも何か由緒がありそうですが、実はエレクテイオンは処女神アテナの息子とされる伝説のアテネ王エリクトニオスに捧げられた神殿なのだそうです。この場所にかってエリクトニオス王の館があったのだとか。

処女神の息子?とは、わけのわからない話ですが、アテナ女神に欲情したヘパイストス神(アフロディテの夫)の精子が逃げようとしたアテナの足にかかり、それをアテナがぬぐって大地に捨てたところ、大地から生まれたのがエリクトニオス・・・なんだとか。
不思議な経緯で生まれた息子?ですが、アテナはエリクトニオスを可愛がります。不死にするのには失敗しましたが、アテナはエリクトニオスを育て、彼はアテネ2代目の王となります。
そして、エリクトニオスはアクロポリスにアテナ女神の像を置き、アテネ最大の祭り・パンアテナイ祭りを始めたとされています。


ということは、エレクティオンはアクロポリスでのアテナ女神信仰の発祥の地なんでしょうか。
深い歴史がありそうで気になるところですが、
エレクテイオンといえば、まずは美しい少女達が柱となっている外観に魅かれます。



重なってしまって分かりにくいですが、少女は6人


実は少女像はレプリカ。オリジナルのうち5柱は新アクロポリス博物館に展示保管されています。


レプリカとはいえ、やはり美しい。



美しいエレクテイオン。角度を変えて西側から撮ってみました。


美しい少女達が柱となっているのは、なんとも魅力的。

パンアテナイ祭はエレクテイオンに祀られたアテナ女神に聖衣を捧げる祭り。
この神殿のどこにアテナ女神は祀られていたのでしょう。

女神像があった場所を探してうろうろしたら、エレクティオンがとても変わった構造なのが分かりました。

下の写真は東側から撮ったエレクテイオン。少女像は左端に写っています。
この方角から見ると、随分と表情が変わりますよね。



イオニア式の柱が美しいですが、更に北側に回り込むと・・・
少女柱の反対側(北側)が低くなっていて、そこにも入口があるのです。

 低いところにある入口(少女柱の反対側)
北側(少女像反対側)の入口付近
 

この入口の奥に女神像があったのかなあ・・・・。

それにしても、この高低差はなんなのでしょう。西側から見ると、より構造が分かりやすいです。
左端が上の写真の入口。右端が少女像が柱となっている部分。凄い高低差がある構造



高低差、なんと3mもあるそうです。

何故こんな場所に、こんな高低差のある建物を建てたのか・・それは、やはりこの場所に重要な意味があったから・・・ということのようです。

右の写真は上の写真中央にある木を写したものですが、これはアテネの守護神としての地位をアテナとポセイドンが争った時にアテナが出したオリーブの木。

アテナはオリーブの木を、ポセイドンは井戸を出し、アテネ市民はオリーブを出したアテナを守護神として選んだのだとか(そのおかげで今でもアテネは水不足・・・と現地ガイドさん談)。

このオリーブの木も何代目かのものですが、実は、ポセイドンが三叉の鉾を突いて作った井戸もこの建物内にあるそうです(頑張って見つけようとしましたが無理でした)。

つまりここは古代アテネで重要な神話・伝説の舞台なんですね。
この神殿は伝説の王エリクトニオス、アテナ女神、そして更には海神ポセイドをも祀る非常に複雑な性格を持つもののようです。

また、エレクティオンに隣接してパンドロセイオンというストア・列柱廊などを備えた場所もあったのですが、遺跡の説明図によると、アテナのオリーブの木の右側にアテネ初代王ケクロプスの墓があったようなのです。
現地ガイドさんも少女柱の下あたりに古代王のお墓があると言っていました。それがケクロプスの墓なんでしょうか。ケクロプスは大地から生まれ、下半身が蛇の姿をしていたといいます。跡を継いだエリクトニオスも大地から生まれたとされるし・・・。う〜〜ん、大地とか蛇とか古い大地母神とも関係ありそう。
ともかくエレクティオンがアクロポリスの中でもかなり重要な場所だったのは間違いなさそうです。


エレクテイオンから入口付近に戻ります。
2016年9月に訪れた時は、まるで建築工事の現場みたいになっていました。


5世紀まで立っていたアテナ・プロマコス像の台座が入口付近にあるはずなので探したのですが・・・
この時はどこにあるやら・・・。

それが2017年4月には、こんなにすっきり。工事が進んでいるんでしょうか。


説明図もあったので、このあたりにアテナ・プロマコス像があったのは間違いないようです。

アテナ・プロマコス像はパルテノン神殿内部に祀られたアテナ・パルティノス像と同じく彫刻家フェイディアスの作。青銅製の像で、高さは9mあったそうです。パルテノン神殿内のアテナ・パルティノスには僅かに及ばないものの実に巨大な像で、アテネから約10q離れたビレウスからも見ることができたと言われています。
右手に槍を左手に盾を持っていたそうで説明図がありました。アテナ・プロマコスの像はマラトンの戦いの戦利品で造られたとの説もあるそうです。説明図からは、かって像の周囲に様々な奉納品が置かれていたことも分かります。


アクロポリス内から見た前門



前門の周囲も瓦礫が除かれてすっきりしていました。
アクロポリス内から見た方が、かっての姿を想像しやすいですね。


アルテミス・ブラウロニアの聖域

2016年9月


アクロポリス入口からパルテノン神殿西側の間はアルテミス・ブラウロニアの聖域と言われる場所なのですが、2016年9月に訪れた時は瓦礫の山があるばかりで良く分かりませんでした。ここがそうなのか、それとも、ここはパルテノン神殿修復で出た瓦礫を置いている場所なのか・・・。
それが2017年4月に訪れた時は下の写真のようにすっきり。建物の基礎部分らしきものも見えています。修復進んでいるんですね。アルテミスは狩猟の女神であるとともに少女の守り神。

2017年4月



瓦礫が姿を消したおかげで、周囲が良く見渡せます。

望遠で撮ったニケ神殿
 
 アルテミスの聖域から見たパルテノン神殿


パルテノン神殿西側。神殿に通じる階段が良く見えます。


建設機材が入っていても、この威容・風格には感動します。
修復が進んでいるみたいで良かった。
やっぱりギリシャ観光の華はパルテノン神殿ですね。


アテネでの贅沢。アクロポリスの見えるレストランで夕食。
ライトアップされたアクロポリス



夜のパルテノン神殿。実に美しい。



2016年9月、2017年4月と訪れました。
シーズン中の9月は人が多いけど空が青く
4月は人は少ないけど空が霞んでいて海は見えませんでした。
2回行っても、また行きたくなる凄い場所。
早く修復工事が終わると良いですよね。


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参考文献

古代ギリシャ・時空を超えた旅(2016年東博展覧会図録)
図説ギリシャ・エーゲ海文明の歴史を訪ねて 周藤芳幸著 ふくろうの本
図説ギリシャ神話・神々の世界篇 松島達也著 ふくろうの本
図説ギリシャ神話・英雄たちの世界篇 松島達也・岡部紘三著 ふくろうの本
古代ギリシャがんちく図鑑 柴崎みゆき著 バジリコ株式会社

基本的には現地ガイドさんの説明を元にまとめています。