アクロポリス周辺2

2度目のアテネ
前回気になったけど、行けなかった場所
アクロポリス南麓と北麓を歩きました。
2017年4月訪問

写真はローマン・アゴラの風の塔



アクロポリス南麓

まずはアクロポリス南麓


アクロポリス南麓の入口は何ヵ所かあるみたいですが、新アクロポリス博物館に近い入口から入りました。上の地図の右下が入口。入ってすぐの所にあったのが上の地図。実際の地図には見どころを示す番号が23番まであったのですが、分かりやすいものだけ地図に入れてみました。

入口を入ってすぐの景色
 
 入口付近の復元図

アクロポリスの崖の下、緩やかな斜面に緑が広がっていますが、そこがディオニュソス劇場。その手前がディオニュソスの神域。ディオニュソス神殿などがあったようですが、今は礎石が残るだけ。
そして、左上の写真中央、アクロポリスの崖に四角い白い窓のようなものが小さく見えますが、かってはその上に大ディオニュシア祭演劇コンクールの優勝記念碑があったそうです。洞窟部分はビザンティン時代から聖母マリアの礼拝所となりました。

ディオニュソス劇場



ディオニュソス劇場はギリシャ最古の劇場。古代ギリシャでは演劇はディオニュソス神に捧げる祭・大ディオニュシア祭の祭事として行われました。元々は神官がお祈りの儀式をしていたのが、市民が合唱で物語を語るというスタイルになり、それにセリフを語る役者を導入した結果、次第に役者による演劇というものが確立していったそうです。役者は男性に限られ、仮面を付けての仮面劇。仮面を付けての演技だったため暑くならないように朝から始まったそうです。
この場所に劇場が最初に建てられたのは紀元前6世紀ころで、その後、前325年に石造りの劇場となりました。現在残る劇場はローマ時代の手が加わったものです。

かっては1万7000人収容可能でした。
 
 観客席に残る美しいレリーフ。貴賓席でしょうか。

大ディオニュシア祭はパンアテナイ祭に次ぐアテネ第二の盛大な祭。年に2回開かれ、その度に劇のコンクールが行われました。当初は悲劇だけでしたが、後に喜劇も競われるようになります。現在残るオイディプス王や女王メディアの悲劇や喜劇は全て、ここで最初に上演されたのです。

舞台後方には美しいレリーフも残っています。



劇場の上の方から撮ってみました。昔は上の方まで観客席が並んでいたんでしょうね。


西に進むと美しい白い柱が見えて来ます。

アスクレピオスの神域



アスクレピオスは医術の神。健康を祈る人々の思いは古今東西を問わず共通なようで、アスクレピオスは古代ギリシャ各地で信仰されました。ペロポネソス半島のエピダウロスやエーゲ海のコス島が聖地として有名ですが、アテネでもペロポネソス戦争中に厄病が流行った時に造られました。ここで病気平癒を願い、無事、病気が治った人たちは悪かった部分(目とか耳とか足とか)をレリーフとしてお礼に奉納しています。日本の神社でもありそうですよね。ここから発見されたレリーフなどは新アクロポリス博物館に展示されていて、見どころの一つとなっています。

遺跡では縄が張ってあって中に入れません。残念。
   


エウメネスのストア



アスクレピオスの神域の近くから、アーチのような長い壁?が続いているのが見えて来ます。これはエウメネスのストア。
紀元前2世紀にペルガモン王エウメネスにより建てられました。

ストアとは吹き抜けの列柱館のこと。右のような再現図があったのでイメージしやすいです。2階建てで長さが163mもあったそうです。

ストアというと古代アゴラに修復復元されているアタロスのストアがありますが、アタロスのストアにお店が入っていたのに対し、ここは専ら通路として利用されたものだそうです。人々に快適な日陰を提供していたのでしょう。

エウメネスのストアの上の道を進むとイロド・アティコス音楽堂を見下ろす場所に出ます。

イロド・アティコス音楽堂




イロド・アティコス音楽堂は後2世紀に建てられたもの。ローマ時代の建築物です。

イロド・アティコスはローマ帝国時代の大金持ち。ギリシャの貴族で、元老院の議員でもあったそうです。

この音楽堂は亡き妻を偲んで建てたもの。オリンピアのヘラ神殿の前にも彼が建てた給水施設ニンパイオンがありますが、それは妻がデメテル女神の神官に選ばれたことに感謝してのもの・・・愛妻家だったんでしょうかね。

ただ残念ながら音楽堂の中には入れませんでした。夏の間はコンサートや演劇などに使用されているとのことでチケットないと入れないのかと思ったんですが、4月でもダメみたいです。コンサートとかやっているようには見えなかったんだけど・・・・
誰も入っている人がいないから、入口を見落としたというわけではないと思うのですが。

それにしても収容人数6000人とのことですが、こんなに立派で6000人だったら、1万7000人収容のディオニュソス劇場って、とてつもなく凄い大きさだったんじゃないでしょうか。

音楽堂入口付近。上の写真はここの開いてる扉から撮りました。



エウメネスのストアがイロド・アディオス音楽堂まで続いていました。



アクロポリス北麓

別の日、アクロポリス北麓にも行ってみることにしました。ローマン・アゴラとハドリアヌスの図書館を目指します。地下鉄のモナスティラキ駅の近くみたいですが、アクロポリス南麓にあるホテルから、アクロポリスの横を通って、アレイオス・パゴスに立ち寄りながら行ってみることにしました。

まずはアクロポリスから良く見えたアレイオス・パゴス

アレイオス・パゴス



アクロポリスから見た時は高い岩山に見えましたが、行ってみると結構低い。
階段を上ると、アクロポリスの入口付近が良く見えます。



アレイオス・パゴスとはアレス神の丘(大岩)という意味。軍神アレスが娘を犯したポセイドンの息子を殺害し、ここでアテネ初の裁判を受けたとされています。アレスは無罪を勝ち取り、それ以降、この場所は殺人などの重罪を裁く場所となったのだとか。
歴史的には貴族の評議所だったことで有名。貴族による終身制の評議所は民主政確立の妨げとなっており、評議所の権力を削ぐことが民主政発達の歴史でした。
それにしても、この岩場、凄くつるつるしていて滑ります。こんなところで、なぜ裁判やら政治の議論をしたんだろう・・・素朴な疑問。お年寄りの長老が足滑らすと危ないと思うんですけど。


望遠で撮ってみたアクロポリスの入口付近。
アテナ・ニケ神殿が良く見えます。アグリッパの台座がとても大きいのにびっくり。



古代アゴラも良く見下ろせます。アレイオス・パゴスは高台にあるんですね。

夏の様な鮮やかな青空には恵まれませんでしたが、4月は野の花が実に美しい。

次はローマン・アゴラを目指します。
アリオス・パゴスからしばらくは真っ直ぐなんですが、その先がちょっと不安。

 歩いていたら、ねこさんが寄ってきた。
ギリシャはどこもねこだらけ。
 地図によると、ここを下りるのか?
結構な階段

階段を下りてすぐは土産物屋さんが並んでいたんだけど
いつの間にか住宅街みたいなところに・・・
道に迷ったか?
一本違う道を行ってみたら、それらしい門が見えて来ました。

ローマン・アゴラ

入口のアテナ・アルケゲテス門


ローマン・アゴラはローマ時代初期のアゴラ(前1〜後2世紀)。ギリシャ時代のアゴラが手狭になったことから造られたもので、実は古代アゴラのすぐ近くにあります。前回、古代アゴラには行ったものの、ローマン・アゴラには足を伸ばせなかったので、行ってみたいと思ってました。

入ってみると柱がいっぱい。丘の上にアクロポリスも見えます。


列柱が並んでいます。広場を囲んで市場か何かだったんでしょうか。

実は、ここのお目当ては「風の塔」。どこにあるのか探していたら、八角形の塔が見えて来ました。


「風の塔」は遺跡入口から入って一番奥にありました。

風の塔はキュロスの天文学者アンドロニコスによって建てられた日時計、水時計、風見の三役を果たしていた塔。建てられた時期については諸説あるようですが、遺跡の案内板では前2世紀後半とされていました。だとするとローマン・アゴラより前に建てられたことになります。

塔の高さは13.85m。かっては塔の頂上に風見鶏の役割をしたトリトン像があって、風の向きに合わせて方向を変えていたそうです。

海に囲まれ、多くの島々を持つギリシャでは古来から海上貿易や漁業が盛んだったことから、人々は風の方向に非常に敏感で、風の方向ごとに独立した別々の風の神がいると考えられていました。

北風ボレアス、東風エウロス、南風ノトス、西風ゼビュロス、という名前は日本でもゲームなどで良く使われているので知っていましたが、更に、北東カイキアス、南東アペリオテス、南西リプス、北西スキロンと、実に細かく神様が決められていたのです。
この塔は8角形をしていて、上部にそれぞれの方角の風の神のレリーフが残っていることで有名。8人の風の神が一堂に描かれているレリーフを一度見たかったんです。


美しい風の神々



風の神はみな美しい翼をもっています。



実りをもたらす風なのか・・・。



どれがどの神か分かると良いんですけど・・・

   

それぞれ象徴する物を持ってたりしているのだと思うのですが・・・
エウロス(東風)は壺を逆さまにして水をこぼす姿で描かれることが多いといいます。
だとすると下の一番右がエウロスなのかなあ・・・。
   


実は風の塔の近くにはローマ時代の公衆トイレもあります。


昔は公衆トイレの近くにも入口があったみたい。でも、今は閉鎖中。

風の塔を堪能してからアテナ・アルケゲテス門に戻ります。
日が射してきて、立ち並ぶ白い柱が良い感じ。
 
 


地図によるとローマン・アゴラのすぐ近くにハドリアヌスの図書館があるはず。
住宅街を歩いて一瞬迷ったかと思いましたが、すぐ目の前がハドリアヌスの図書館でした。
近くにはお土産物屋さんが並びます。

ハドリアヌスの図書館




ハドリアヌスの図書館は後2世紀にローマ皇帝ハドリアヌスが建てた図書館。

入口はコリント式の柱が並び、立派な壁が目に付きます。
柱も立派だし、ローマ時代は豪勢だなあと思ったりもしたのですが、実はローマ時代のものは、この入口付近だけしか残っていないようです。

遺跡でもらったパンフレットによると、どうやら、元々は、この西側の入口を入ると、広い中庭があり、入口の反対側、東側にパピルスの巻物を置いた図書館・建物があったようなのです。図書館部分は本を保管する部屋と閲覧室に分かれていました。
そして、西側の入口と東側の図書館は中庭を取り囲むように造られた円柱のある回廊で繋がれていたようです。広い中庭には木が植えられ、池も造られていました。

随分と豪勢な図書館ですが、267年にゲルマン系のヘルール族によって破壊されてしまいます。
その後、5世紀に修復されますが、そのころ中庭に教会が建てられ、その教会も7世紀に建て替えされた・・・という歴史のようです。


入口に立ち並ぶコリント式の柱



コリント式の装飾が良く残っています。



角度を変えて撮ってみた入口付近。



折角だから中庭部分も見学。柱が並んでいるあたりが教会の跡でしょうか。



美しいモザイクが残っていました。



遺跡内に教会の説明図がありました。

右の説明図の中央左が5世紀の教会の構造図、そして右が7世紀の教会の構造図です。

四角い建物に、半円状の部分を三方に付けたような造りだったことが分かります。

そして、教会には回廊が設けられていました。パンフレットによると回廊がある方が入口に近かったようです。
復元図からすると、ドームはなかったようです。教会建築も勉強すると面白そう。
時代的にギリシャ正教の教会だったのでしょうね。

遺跡を見ると確かに半円状の部分があったことが分かります。



このあたりがかっての教会の中心だったんでしょうか。祭壇とかあったのかな。



反対側からも半円状の構造が良く分かります。柱が印象的。



結構面白かった。本当にギリシャは遺跡だらけ。
凄い遺跡がさりげなくあるところが魅力。


遺跡内を駆け抜けるねこさん(ローマン・アゴラ)


アテネの見どころは他にもいっぱい。
贅沢に1週間アテネ滞在とかしてみたい。


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参考文献

古代ギリシャ・時空を超えた旅(2016年東博展覧会図録)
図説ギリシャ・エーゲ海文明の歴史を訪ねて 周藤芳幸著 ふくろうの本
図説ギリシャ神話・神々の世界篇 松島達也著 ふくろうの本
図説ギリシャ神話・英雄たちの世界篇 松島達也・岡部紘三著 ふくろうの本
古代ギリシャがんちく図鑑 柴崎みゆき著 バジリコ株式会社

基本的にパンフレットや遺跡内の説明図に基づいてまとめています。