新アクロポリス博物館

アクロポリスからの出土品を展示する新アクロポリス博物館
アクロポリス南麓に建つ現代的博物館
博物館からの見晴らしも絶景。
2016年9月、2017年4月訪問

写真は博物館4階から見たアクロポリス




新アクロポリス博物館はアクロポリス南麓にある2009年にオープンした新しい博物館。

アクロポリスの真下を通る遊歩道ディオニシウ・アレオパギトゥ通りに面し、ディオニソス劇場のほぼ対面、ハドリアヌスの門にも近いという素晴らしい立地条件。
かってはアクロポリスの丘の上に博物館がありましたが、現在、アクロポリスからの出土品はこの新アクロポリス博物館に展示されています。

博物館に入ると、まず1階から2階に向かう斜面に古代の人々が使った壺などが展示されており、斜面を上って2階右手はアクロポリス初期の作品を展示するアルカイックギャラリー、踊り場反対側にはエレクテイオンの少女柱のオリジナル、アテナ・ニケ神殿の美しいレリーフ、2階左手には紀元前5世紀から後5世紀にかけての作品が並びます。
そして、4階はパルテノン神殿のレリーフ・彫刻を展示するパルテノンギャラリー。4階のガラス張りの壁からはアクロポリスの丘の見晴らしが素晴らしい。

ただ、この博物館は写真撮影禁止のエリアと可能なエリアが分かりにくいので注意が必要。


2階 アルカイックギャラリー



アルカィックギャラリーは写真撮影禁止なので絵葉書で紹介します。

アルカイックとは古代ギリシャ語で「古い」という意味。ギリシャではミケーネ文明後の暗黒時代を経て紀元前8世紀ころから各地にポリスが誕生し、その聖域に神殿を築くようになります。そして、紀元前7世紀ころから神域への奉納像にアルカイック様式という彫刻様式が生まれます。

アルカイック様式の特徴は、それまでの直立静止像に僅かに動きが生じていること。そしてアルカイックスマイルと呼ばれる微笑み。神域に奉納されたクーロス像(青年像)とコレー像(少女像)がその代表作。時代を追うごとに、硬直した像が次第に柔らかく、動きを持つようになっていきます。

コレー像(前530年ころ)
 
 コレー像(前490〜480年ころ)

上のコレー像(少女像)からも分かるように古代ギリシャ彫刻は色が塗られていました。ギリシャ彫刻というと真っ白い大理石というイメージですが、それは大英博物館などが自分たちの好みに合わせて内緒で色を落としてしまったから。ギリシャでは本来の姿で保存しようとしています。

右下のクーロス像(青年像)は紀元前480年ころ、アルカイック期の終わりごろの作品。彫刻家クリュティオスの作と言われ、クリュティオスの少年像とも呼ばれています。右足を僅かに前に出し、腕は体から離れ、何より身体の柔らかさが印象的。アルカイックスアイルも消えています。この後の古典期になるとギリシャ彫刻は美しい人体の自然な動きを表現するようになっていきます。

アテナ女神像(前570年ころ)
クーロス像(前480年ころ)

紀元前480年ころ、ギリシャはペルシャ戦争でアクロポリスを占拠され、神殿を破壊されます。左上のアテナ像はペルシャに破壊されたアクロポリスのアテナ古神殿の破風を飾っていたもの。古神殿は破壊されましたが、アルカイック期の作品の多くは、ペルシャが攻めてくる前にアテナ市民がアクロポリス内に埋めて守ろうとした結果、残ったものが多かったそうです。
その後、アテネはサラミスの海戦でペルシャを破り、黄金期を迎えます。アテネ黄金期には人体の自然な美しさ、動きを追求した彫刻作品が造られるようになり、「古典期」と称されます。


2つのアテネ像。
ブロンズ像とレリーフという違いもありますが、短期間に急速に表現が変わっているのが分かります。
ブロンズ製のアテナ女神像(前475年ころ)
 
沈思のアテナ(前450年ころ)

沈思のアテナも是非見たかったものの1つでした。実物は小さく、見つけるのに苦労しました。
嘆いているのか、祈っているのか。小型の奉納浮彫です。


2階 エレクテイオン

ここから写真撮影可となります。
思わず撮りまくるエレクテイオン少女柱のオリジナル。


良く見ると髪型も一人ひとり違う少女たち


アクロポリスのエレクテイオンの少女柱(カリアティード)のオリジナルは古代アテネ黄金期の紀元前421〜408年ころの古典期の作品。

アクロポリスのエレクテイオンの少女柱は6本ですが全てレプリカで、オリジナルのうち5本はこの新アクロポリス博物館に、残る1本は大英博物館に展示されています。

この少女たちは、古代アテネ(アテナイ)最大の祭り、パンアテナイア祭りの美人コンクールの優勝者たちなのだそうです。
パンアテナイア祭りではアゴラからアクロポリスのエレクテイオンまでパレードの祭列が続き、様々な競技や劇が行われました。
美人コンクールの優勝者である彼女たちは、頭の上に花のバスケットを置き、春の踊りを踊っているのだそうです。彼女たちは片足を前に出していますが、よく見ると右足を出している像と左足を出している像があります。

少女像を柱にするというのは凄いアイデアだと思います..細くなる首の部分を補強する意味もあるのか、彼女らの豊かな髪が実に見事。
後姿も凄い美人です。

 頭の上は花のバスケット
 美しく豊かな髪


エレクテイオンの近くにはアテナ・ニケ神殿の美しいレリーフが展示されています。

2階 アテナ・ニケ神殿

サンダルを履くニケ(紀元前410年ころ)


この博物館で一番見たかったレリーフ。意外に小さい。もっと大きいと思っていました。
衣の下の美しい肉体。結構豊満。美しさにため息。


アテナ・ニケ神殿を飾っていたレリーフが、こんな感じで展示されてます。
サンダルを履くニケは左端



サンダルを履くニケの右隣のレリーフも美しい。流れる動き。
衣装の美しい襞が表現する人体の動きがなんとも言えません(紀元前410年ころ)。


アテナ・ニケ神殿のレリーフは実に見ごたえがあります。


2階左手には他にも紀元前5世紀から後5世紀までの作品が展示されています。

古代ギリシャの衣装は何故こんなに美しいのか。流れる襞がたまりません。
   


こちらはイケメン、というか、ハンサムたち。神様かもしれない。
   



4階 パルテノンギャラリー





4階のパルテノンギャラリーはパルテノン神殿を飾っていたレリーフを復元しようという野心的な展示を行っています。

4階の中心部分に長方形の部屋を造って、そこではパルテノン神殿の説明展示を行うとともに、その長方形の部屋をパルテノン神殿に見立て、その周囲にパルテノン神殿を実際に飾っていたレリーフを神殿と同じ位置に配置して展示するという形。

更に東側と西側では破風(屋根の下の三角形の部分)を飾っていた彫刻も置く・・・という凝った造りです。

上の写真はパルテノン神殿東側(正面)、そして右は神殿西側の復元展示。

まず、手前にあるのが破風の彫刻。

そして後ろの壁、上に架かっている大きめの四角いレリーフが神殿の外壁を飾っていたメトープ。
その下、少し奥にぐるりと飾られているのが神殿の内陣を飾っていたレリーフ。


かって破風を飾っていた美しい彫刻。パルテノン神殿の彫刻は偉大な彫刻家フェイディアスの作
しかし、これは残念ながらレプリカ。オリジナルは大英博物館に持ち去られています。


現地ガイドさん曰く
大英博物館などからオリジナルを取り返して展示するのがこの博物館を建てた目的
・・・とのこと。ギリシャ人の本音だと思う。

どうも白いものはレプリカらしい。正直、レプリカが多い。つまり、ほとんど持ち去られたということ。
   

こんな綺麗なもの持ち出されたら、取り戻したくなるのは人情。
ギリシャがんばれ。


4階部分はこの博物館の見どころですが、ちょっと地味ながら4階中央部分の部屋では、パルテノン神殿の復元模型や、神殿の破風を飾っていた彫刻の復元模型が展示されているので、お勉強のため立ち寄るのがおススメ。復元模型ではありますが、かってのパルテノン神殿の姿を知ることができます。ガラスケースに入っているので光って写真が撮りにくいのが難ですが。


神殿復元模型


パルテノン神殿の破風は現在はほとんど失われていますが
過去の写生図などから復元がなされています。

パルテノン神殿東側(正面)破風の復元模型


東側(正面)の破風はアテナ女神がゼウス神の頭から誕生した場面を描いています。

ガラスで光ってしまったので、中央部分のアップ
アテナ女神はゼウスの頭から完全武装の姿で生まれたとされます。
ゼウスの頭をヘパイストスが斧で割ったところ生まれたというのでアテナ女神の右はヘパイストスでしょう。
誕生したアテナを翼をもつ勝利の女神ニケが冠を持って祝福しています。



パルテノン神殿西側破風の復元模型


西側はアテネの守護神の地位をアテナとポセイドンが争った神話が描かれています。
アテナはオリーブの木を、ポセイドンは井戸を出し、アテネの人々はアテナを選びます。
中央部分、アテナと三叉の鉾を持つポセイドン。背後にはオリーブの木。



4階中央の部屋から周囲のギャラリーに戻ります。


パルテノン神殿内陣パンアテナイア祭の行列

こちらはオリジナルが結構残っています。



パルテノン神殿内陣東側(正面)の中央には、椅子に腰かけた神々が、両側から近づくパンアテナイア祭りの祭列を待つ姿が彫られていました。上は左からポセイドン・アポロン・アルテミス。

エレクティオンのところでも書きましたが、パンアテナイア祭りは古代アテネ最大の祭り。毎年開かれましたが、特に4年ごとに盛大に行われました。アクロポリスに古くから伝わる木造のアテネ像に新しい衣装ペブロスを奉納するための祭典行列が組まれ、新しいペブロスを先頭に、街の長老たち、ペブロスを織った乙女たち、捧げ物の動物たち、供物を運ぶ人々、そして騎馬隊の男たちが続きました。神殿には、その様子がまるで絵巻物のように躍動的に彫られています。祭列は神殿西南の角から左右二手に分かれて進み、神々が待つ東側中央で合流するという構成。

長老たちでしょうか。



供物を運ぶ人々

一番右の人物は壺を持ち上げようとしているところ。

供えられる牛



羊もお供え



祭列に加わろうと馬に乗る若者たち



保存状態は決して良くないのですが、何ともいえない品格を感じます。









美しい人馬の動きをアップで撮ってみました。


当時の人々が実に生き生きと描かれています。
保存状態が決して良くないのに、これだけ素晴らしいのだから、
かっての姿はどんなに見事だったんでしょう。フェイディアス凄い。


外壁のメトープ

パルテノン神殿の外壁を飾っていたのがメトープ。
屋根の下、額縁のように並べられているのがメトープです



メトープのレリーフは神殿の東西南北ごとにテーマが違っていました。

東側はギガス(巨人)たちとオリンポス12神の戦い、西側は女戦士アマゾンとアテネの戦い、南側はアテネ王子テセウスが活躍するラピテス族とケンタウロス族の戦い、そして、北側がトロイとギリシャの戦いです。

このうち最も保存状態が良いのが南側のラピテス族とケンタウロス族の戦い。クレタ島の牛頭人身の怪物ミノタウロスを倒したアテネの王子テセウスが親友のラピテス族の結婚式に招かれた時、同じく招かれていたケンタウロス族が酒に酔って花嫁にまで乱暴を働いたのでラピテス族と大乱闘となったけど、テセウスが加勢してケンタウロス族をやっつけた・・というお話。

ケンタウロスとは上半身が人、下半身が四脚の馬という神話上の存在ですが、なかなか絵になるし、野蛮人を打ち負かすアテネ人を表わすものとして、非常に好んで描かれました。

展示されているのはおそらくレプリカなのでしょうけれど、それでも凄い迫力は伝わってきます。

派手に暴れまくるケンタウロス族
   


他にもパルテノン神殿を飾っていた彫刻・レリーフが展示されていました。

ライオンの雨樋



 こんな彫刻が下に置かれていました
 屋根飾り

これだけの芸術品で飾られたパルテノン神殿
神殿であると同時に美の宝庫だったんですね。
かってはどんなに素晴らしかったんでしょう。
イギリスは是非返して欲しい。

この博物館、実は遺跡の上に建っています。
遺跡を保存しているのも、この博物館の特徴。

 ビザンティン時代の物見の塔の跡
 床のガラス越しにモザイクが見えます


なかなかに工夫を感じる面白い博物館でした。
3階はカフェテリアになっているし
1階にはミュージアムショップもあります。
1階から2階に上がる階段で展示されているレリーフ等も素敵。



ヨーロッパの遺跡に戻る


HOME

参考文献

古代ギリシャ・時空を超えた旅(2016年東博展覧会図録)
図説ギリシャ・エーゲ海文明の歴史を訪ねて 周藤芳幸著 ふくろうの本
図説ギリシャ神話・神々の世界篇 松島達也著 ふくろうの本
図説ギリシャ神話・英雄たちの世界篇 松島達也・岡部紘三著 ふくろうの本
古代ギリシャがんちく図鑑 柴崎みゆき著 バジリコ株式会社

基本的には現地ガイドさんの説明を元にまとめています。