フェストス遺跡とゴルティス遺跡

イラクリオンから南に約63q
ミノア文明のフェストス遺跡があります
近くのローマ期のゴルティス遺跡にも立ち寄りました。
2016年9月訪問

写真はフェストス遺跡遠望



フェストス(ファイストス)遺跡

フェストス(ファイストス)遺跡はクノッソス宮殿と同じミノア文明の宮殿です。紀元前2000年ころから宮殿が建てられますが、大地震で一度は崩壊。その後、再び同じ場所に新宮殿が建てられました。現在見ることができるのは、ほとんどが新宮殿時代のものです。
遺跡はイラクリオンの南、メサラ平野の小高い丘の上にあります。イラクリオンから車で1時間ちょっとでした。日本で資料が見つからなかったので遺跡の説明図を元に地図を作ってみました。

フェストスの宮殿もクノッソス宮殿同様に中庭を中心に王たちが暮らした王宮や無数の貯蔵庫などがあるのですが、クノッソス宮殿とは異なる特色として、遺跡に入るとすぐに現れる有名な大階段と、その向かい側の劇場を上げることができると思います。フェストスの大階段のような大きな階段はクノッソス宮殿にはありませんし、劇場もフェストスの劇場の方が大きく見ごたえがあります。




大階段と劇場

遺跡入口から入って石が敷かれた場所を少し歩くと、すぐに有名な大階段が現れます。



大階段のところに行ってみます。写真左の細い階段を下りると大階段の下に出ます。



下から見た大階段


他のミノア文明の宮殿には見られない大きな階段だそうです。この階段、真ん中を微妙に高くして、目の錯覚により実際より広く見せるようにする工夫や、勾配を付けて雨水が溜まらないようにする工夫をしてあるのだとか。再現図によると階段の上には建物があったようです。「入口」とあるので、来訪者のための建物だったのでしょうか。この遺跡はエヴァンズ卿の手が入っていないので、クノッソス宮殿のような復元はされていません。いわば、素顔のミノア文明期の宮殿遺跡です。

 階段の上
 再現図


大階段の上から見下ろした劇場


大階段の下に何か構造物があったのかな、と思われますが、その向こう側の広場が劇場です。劇場の観客席だったと思われる階段と石敷きの広場の中にY字型に一段高くなった通路が見えます。通路を通って儀式を行ったりしたのでしょうか。劇場まで降りてみると実に広い。形のせいなのか、小高い丘の上だからなのか、クノッソス宮殿の劇場より、ずっと大きい気がします。この劇場、フェストスの古宮殿時代(紀元前2000〜1700年ころ)の非常に古いものだということでした。

大階段の反対側から撮ってみました。正面奥が大階段、左側が観客席。



ちょっと方向を変えて、観客席を正面に撮ってみたもの
一段高くなった通路は観客席(階段)まで続いています。



上の写真の左端に丸いものが写っていますが、これは円形貯蔵庫
 
 

かなり大きい貯蔵庫です。円形貯蔵庫には穀物を貯蔵していたそうです。

円形貯蔵庫のアップ。大きいだけでなく、底が深い。これはたくさん入りますね。



円形貯蔵庫の他に、地下貯蔵庫もありました

   劇場の近くの地下貯蔵庫
人間より大きな壺が置かれています。
説明図によると多くの壺を貯蔵していたようです。
 
 説明図を拡大


円形貯蔵庫や地下貯蔵庫だけでなく、宮殿のいたる所に貯蔵庫や作業所と思われる場所があります。大階段の側にもありました。色んな所にあり過ぎて、写真を整理しようと思っても良く分からない状態です。ミノア文明のもとでは様々な物資が宮殿にもたらされ、それが専門の書記によって記録された上で各地に必要に応じて再分配されたと言います。この再分配システムが当時の経済の仕組だったということですが、多くの貯蔵庫を見ると当時の宮殿の重要性が良く分かります。

貯蔵庫?作業所?
 
 多くの壺が置かれた貯蔵庫


貯蔵庫やら多くの小部屋を通ると中庭に出ます。

中庭周辺

広々とした中庭。丘の上だからか凄い開放感。



東側から見た広場。広場の東側には幾つもの小部屋があります。



この中庭も東西に色々な部屋があるのですが、西側が特に面白い。
広場西側の端には一列に四角い窪みが並び、それに面してベンチのある小部屋があるのです。

四角い窪み。柱があったのでしょうか。
 
 窪みとベンチのある小部屋


ベンチのある小部屋を正面から撮ってみました。


遺跡の説明文には「SHRINES」とありました。ひょっとして「神社」??こういう小部屋が他にも幾つも中庭の西側にあります。入口が中庭に面していてベンチがある・・・神官が儀式を行ったり、神像を祀ったりしていたのでしょうか。英語力不足で説明文が読み取れないのが残念。


広場の近くには休憩所もあって付近を見下ろすことができます。
豊かな土地が広がっていました。古代から農業も盛んだったのでしょう。



広場の近くは他にも色々と興味深いものが・・・

排水溝
 
 井戸だと思います


広場の北側に屋根で保護された一角が見えます。
何かありそうなので行ってみました。




屋根で保護されていたのは王宮でした。

王宮

女王の間

一見しただけで、特別の空間だったと分かる場所。


The Queen's Megaronとあるので、女王の間と訳してみました。メガロンというのは古代ギリシャ、特に先史時代の家屋様式を指し、玄関と前室を持つ建物構造のことを言うそうです。

説明図からすると前室みたいのがあって、奥の2本の柱のところから先が別の部屋になっていたように思えます。全体としては結構広い空間で、クノッソス宮殿の王妃の間よりずっと広い気がします。
奥の部屋にはベンチがあります。クノッソス宮殿で儀式を行ったという玉座の間みたいでもありますね。ここは王宮とあるので、おそらく王たちの生活空間だとおもうのですが。


王の間



女王の間から階段を挟んで王の間があります。

2つの部屋の間の階段も、何か意味がありそう。
この宮殿も、クノッソス宮殿同様に平屋建てではなく、2階建て以上の建物だったようです。

王の間は女王の間より、一層広くなっています。

部屋の中の長方形の石が気になる。石が置かれているあたりが1つの部屋になっていたのでしょうか。

説明図があるんですが、正直、ちょっと分かりずらい絵です。う〜〜ん。気になる。


王の間を違う方向から撮ってみました。奥隣が女王の間・階段となります。
女王の間同様、何とも言えない、いかにも特別の場所といった印象を受けます。




北東複合体

王宮から少し進むと「THE NORTHEAST COMPLEX」という場所に出ます。
北東複合体と訳してみましたが・・・正しいかな?

階段
 
 幾つもの部屋

一見すると特別の場所には見えませんが、実はここはフェストスの円盤が発見された場所。フェストスの円盤というのは粘土製の円盤で、紀元前1600年ころのものとされています。

この円盤が有名なのは、表裏に謎の文字が刻まれていること。ミノア文明では線文字Aという文字が使われていたことが分かっていますが、この円盤の文字は他のどこからも同じものが見つかっていない謎の文字なのです。フェストスの円盤はイラクリオンの考古学博物館で展示されていますが、この謎の文字、実に可愛い。お花模様みたいなものがあったり、魚の形があったり、顔の形まであります。一体、何が書かれているのか。渦巻き型に書かれているというのも可愛い。

 


以上で、公開されている遺跡を大体見て回ったことになります。
他にも屋根付の場所があったのですが、発掘・保存中なのか立入禁止でした。

いやあ、実に面白かった。
クノッソス宮殿と異なり、エヴァンズ風の修復・復元がなされていないので、
地味と言えば地味ですが、素顔のミノア文明の遺跡というか、独特の面白みがあります。
また、この宮殿もクノッソス宮殿と同じく城壁がありません。
城壁のない立派な宮殿がいくつも併存していたなんて
凄い平和な時代だったんでしょうね。



ゴルティス

遺跡入口のアギオスティトス教会


実はフェストス遺跡に行く前に、ゴルティス遺跡に立ち寄っています。ゴルティス遺跡はイラクリオンからは約46q南にあり、イラクリオンから行くとフェストス遺跡の手前にあります。実はイラクリオンで半日の自由時間があったので、えいやっと行ってしまったものの、フェストスは名前と大階段くらいは知っていたものの、ゴルティスはフェストスの近くにあるから、良く分からないけど寄れたら寄るか・・・くらいの感覚でタクシーに相談したんです。日曜日で道が空いていたのか、イラクリオンから車で1時間経った頃、ゴルティスに着いたよ、と言われました。思ってたより、ずっと近い。


ゴルティスの事前情報は、ミノア文明後期から台頭し、ローマ帝政期には属州クレタ島の首都として栄えたということ。紀元前7世紀のアポロン神殿や、紀元前5〜6世紀に制定されたゴルティンの法典が刻まれた碑文があること、クレタ島に最初にキリスト教を布教したパウロの弟子ディトスの教会がある・・・ということくらい。

遺跡に着いてみると、それなりに整備されていて小さなレストハウスもあります。

入口付近にあったのがクレタ島で最初にキリスト教を布教したパウロの弟子に捧げられたアギオスティトス教会。
6世紀か7世紀ころに建てられた教会のようです。残っているドーム状の部分だけでなく、その前にも大きな建物の基壇らしきものが残っていて、かってはさぞ立派な教会だったに違いありません。ただ、残念ながら修復中で、入口が封鎖されて近くには行けませんでした。

・・・で、まさか、これだけではあるまいと、うろついて、近くにいた女性に聞いたら、あっちにあるよ、というので行ってみたら、何やら、それらしい遺跡が見えて来ました。


見えてきたのは、ローマ期の遺跡



オデオン
音楽堂でもあり、議事堂でもあった場所
 
 オデオンの裏には
何か意味ありげな壁


オデオンの裏にある茶色い建物を覗いてみたら、何か文字がたくさん刻まれているのが分かりました。
意味ありげな壁も建物に続いているので行ってみましたが、建物の中には入れません。
どうやら、これが有名なゴルティンの法典のようです。

 文字が刻まれた壁
 隙間から文字を撮ってみました

私は単純にギリシャ・ローマ期の遺跡なら神殿とかあるんだろうな、という感じで訪れたのですが、現地ではこのゴルティン法典が遺跡一番の売り、という感じでした。字が刻まれているのは分かるものの、読めないし、なんだかなあ、と思っていたのですが、帰国後調べたらゴルティン法典というのは紀元前5世紀の大碑文で、親族・相続法、物権法・債権法、刑法、民事訴訟法を含む凄いものらしいです。この碑文、元々はギリシャ時代の法廷に置かれていたものなんですって。

といっても、遺跡を訪れた時点では、ほとんど情報・知識がない状態だったので、もっと見るものがあるんじゃないかとさ迷い歩きました。

なんとなく先に通じている道っぽいのが、ことごとく封鎖されているんですよね。なんでだろう。

で、さ迷い出たのが、何か曰くありげな木です。
日本で買った本には、ゴルティスはゼウスがフェニキアからさらってきたエウロパからOKをもらった場所で、プラタナスの木の下で2人が結ばれたとあったので、ここがそうかと、ちょっと議論となりました。

フェニキアの王女エウロペを見初めたゼウスが美しい牡牛に化け、彼女を背に乗せると、クレタまで彼女をさらってきた・・・というのが有名なギリシャ神話。でも、そもそも、この木、そんなに古い?いやゼウスが本当にいたか知らないけど・・・というのが素朴な疑問。

世界各地の有名な木は何代目とかいうのが多いから、それじゃあないかとも思いつつ、なんか納得いかなかったのですが、帰国後調べたら、やっぱり、この木がその木みたいです。う〜〜ん、まあ、そういう伝承が残るということは、この地が何らかの大事な場所だったのでしょう。


で、他に見るとこないし(というか先に進めないし)、もう出ようと思った時、
ふと気づきました。オデオンの背後の山、あれは巨大なローマ劇場ではないのか?


ゴルティスはローマ帝政期にクレタ州の都だった場所ですから、おそらく、ローマ帝国期の都市に共通する劇場を初めとする多くの建造物があったはずです。レストハウスで見た地図には山の上の方にも遺跡があるようでしたし、地球の歩き方にもゴルティスはクレタ最大規模の遺跡と書いてあったので、本来は非常に広範な場所に遺跡が点在しているのではないかと思われます。おそらく、ゴルティスは未だ発掘・修復半ばで、現時点では一部しか公開していないということなのでしょう。アギオスティトス教会も絶賛修復中だったし・・・。いつか遺跡全体が修復・復元されて、見ることができるようになると良いのですが・・・。ギリシャの経済危機がどうなっているのか不安ですが。

レストハウスの近くには遺跡から見つかったらしい彫刻が無造作に置かれていました。
そのうち博物館とかできて、大事に保存されるようになると良いですね。

   


ゴルティスはちょっと物足りなかったけど
フェストスのついでに立ち寄ると良いのではないでしょうか。
フェストスは実に素晴らしかった。
イラクリオンから2つの遺跡を見て戻るまで大体5時間でした。


おまけ

クレタ島は、どこも猫だらけ
フェストスのレストハウスの猫たち
   


 フェストスの超甘ったれ
 ゴルティスのレストハウス

フェストスの甘ったれは日本まで拉致したかった。
膝に乗ってきて甘えるし、バッグに入ろうとするし・・・


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参考文献

古代ギリシャ・時空を超えた旅(2016年東博展覧会図録)
図説ギリシャ・エーゲ海文明の歴史を訪ねて 周藤芳幸著 ふくろうの本
古代地中海血ぬられた神話 森本哲郎編 文春文庫ビジュアル版
古代ギリシャがんちく図鑑 柴崎みゆき著 バジリコ株式会社