アジャンタ

インド西部にあるアジャンタ
仏教石窟寺院群には美しい壁画が残っています。
2001年5月、2006年1月訪問

写真はアジャンタ遠望


アジャンタはインド西部、デカン高原の断崖に作られた仏教石窟群です。ワゴーラ川がU字型に歪曲する川沿いの断崖に、まず、紀元前1世紀ころ、修行の場として石窟寺院が作られ始め(上座部仏教期)、紀元後5世紀ころからは付近の王侯貴族により豪華な寺院が作られるようになりました(大乗仏教期)。

その後、8世紀ころに放棄され、1819年に虎狩りをしていたイギリス騎兵隊のジョン・スミスが虎を追いかけて偶然発見するまで、この石窟寺院群は忘れ去られていました。現在までに約30の石窟が発見されています。





アジャンタの石窟寺院は、僧院(ヴィハーラ)と塔院(チャイティヤ)に分かれています。

僧院(ヴィハーラ)というのは、文字通り、僧が修行し、生活をしていた場所。中央に広間を置き、それを取り囲む形で僧の小部屋が置かれるというのが基本的な形となっています。当初は修行僧のための簡素なものでしたが、後期・大乗仏教期になると、中央の広間は壁画・彫刻で飾られた豪華なものとなっていきます。

他方、塔院(チャイティヤ)というのは、礼拝の対象としてストゥーパが置かれている場所。紀元前1世紀ころ(上座部仏教期)は、まだ仏像が作られていなかった時期であるため、人々はストゥーパを拝んでいました。後期のものになるとストゥーパが仏像で飾られるようになり、柱や壁も装飾が多くなっていきます。


第1窟

アジャンタの石窟はチケット売り場を入って入り口に近いところから番号が付けられています。最も有名なのが、チケット売り場を入ってすぐの第1窟。ここは6世紀(大乗仏教期)に、この地を治めていた皇帝が作ったヴィハーラ(僧院)で、アジャンタの石窟寺院の中でも、最も完成度が高いと言われています。

第1窟の最深部に描かれているのが人気の蓮華手菩薩。意外と大きな壁画です。



蓮華手菩薩

懐中電灯を当てて撮った2001年の写真。
みんなが狙っているので、幾つも光ってます。

最深部の本尊を挟んで左右に蓮華手菩薩と金剛手菩薩が描かれています。
蓮華手菩薩
 
 金剛手菩薩

本尊左の蓮華手菩薩は法隆寺金堂の勢至菩薩壁画の源流と言われ、日本で大変人気の高い菩薩像です。身体をS字型にくねらせ、伏せがちの目、何とも言えない優美さです。本尊を挟んで右側に描かれた金剛手菩薩も、まるでセクシーな王子のように見え、なんとも魅力的なお姿。

日本では金剛手菩薩の知名度は余り高くありませんが、海外ではかなりの人気らしく、現地で買った英語版の写真集は金剛手菩薩が表紙を飾っていました。右が、その写真集の表紙。

アジャンタの石窟内は薄暗く、壁画を守るためフラッシュは厳禁ですので、写真を撮るのは大変です。2001年の時は、懐中電灯を当てたりして撮るのに苦労しました。2006年に訪れた時は、石窟内部は薄緑色の灯りに照らされるようになっていましたが、やはり撮影は難しかった。正直、私は2回とも散々でした。良いカメラと良い腕が必要のようです。

それに何より美しい壁画の前には人が途絶えることがありませんから、人が写っていない状態で壁画を撮ること自体大変なのです。
そんなことから、良い写真集が欲しいところですが、右の写真集はアジャンタ・エローラで1冊にまとまっていてコンパクトながら写真が多く、結構お勧めだと思います。2001年も2006年も売っていました。ただ、インドですから、値段は交渉次第。一応US$11,95との表記有。


第1窟には他にも釈迦の前世を描いた壁画が数多く残されています。王宮での華やかな生活や、富を求めて船出する物語など。落剝が激しいものの、かっての素晴らしさを偲ばせるものばかり。

   


また、忘れてはいけないのが天井画です。色鮮やかな花や動物の姿。ペルシャ人でしょうか、異邦人達の姿も見られます。ただテーマごとに上下が違うので、どう撮るべきか迷ってしまう・・・。




異邦人の青い靴下が印象的。




第2窟

第1窟の隣の第2窟も見どころのひとつ。

   

ここも後期・大乗仏教期の僧院(ヴィハーラ)ですが、彫刻も壁画も美しい。岩を掘り残すことで作った柱の装飾も見事です。

また、ここで目を引くのは千体仏。本堂の両脇にびっしりと描かれています。

   


そして、ここでも忘れてはならないのが天井装飾。
エキゾチックな人物像や美しい花の装飾など、ともかくきれい。





第7窟

第3窟からは、しばらく未完成の石窟や簡素な石窟が続きます。

これは第7窟。
第7窟は広間のない変わった僧院(ヴィハーラ)です。

奥には釈迦像が置かれていて、釈迦の背後にも多くの仏像がとりまいていました。


あまり人気のある窟ではないのかもしれませんが、私がいったときは、チベットの人達が熱心に礼拝していました。

釈迦像の手に白い布がかけられているのは、礼拝をしていたチベットの人が捧げたもの。

入口にも多くの仏達が彫られています。


他の窟に比べて目立つものではないけれど、いかにも信仰の場という印象。



第9窟

第9窟の入口はこれまでと違います。馬蹄形のアーチ窓はチャイティヤ(塔院)の目印。

   


アーチ窓の周囲にもレリーフがたくさん。
   


第9窟は第1窟から見て来て、初めての塔院(チャイティヤ)です。

この石窟は、紀元前1世紀(上座部仏教期)に作られたもの。
アジャンタの石窟の中でも、かなり初期のものです。

少し前に書きましたが、紀元前1世紀(上座部仏教期)は、まだ仏像が作られていない時代でストゥーパが礼拝の対象となっていました。

いわば、ストゥーパが本尊代わりなわけです。
僧院で暮らしていた僧達が、ここで礼拝をしていたのでしょうか。

U字型に彫られた窟の中央にストゥーパが置かれ、柱がU字型に並んでいます。
天井はドーム状になっていて、かなり高く、明かり取りの窓のおかげで、石窟の中も結構明るくなっています。

柱に絵が描かれていますが、これは後期になってから描き加えられたもの。
本来の塔院は非常にシンプルだったんですね。



第10窟



第10窟も簡素な前期の塔院(チャイティヤです)。柱に綺麗な壁画が残っていますが、これも第9窟同様、後に描かれたもの。

ここで見落とせないのが、アジャンタ発見者ジョン・スミスの落書き。柱の結構高いところに名前や発見した日時などが落書きされています。落書きの位置が高いのは、当時は石窟内部に泥が高く積もっていたため。

ジョン・スミスは、この窟の明り取りの窓から内部に入り、ここアジャンタが石窟寺院であることを発見しました。虎を追って、とんでもないものを発見したわけです。どんな気持ちだったのでしょうか。

そんな歴史のある窟なので、もちろんジョン・スミスの落書きも見落とせませんが、ここの柱や天井の壁画は綺麗なので、じっくり見るのがおすすめ。

   


この角度だと天井の壁画も良く見えます。




第16窟

第10窟からは、しばらく簡素な僧院や未完成の石窟が続きます。しばらく行くと大きな2頭の象が彫られた場所に出ます。ここが第16窟の入り口。約30窟の石窟があるというアジャンタの、ちょうど真ん中あたりです。




この象の入口・エレファントゲートについては三蔵法師の大唐西域記にも記載があるんだそうです。第16窟は、このエレファントゲートをくぐって、階段を登って入って行きます。

第16窟も僧院(ヴィハーラ)。入口が凝っている割には、内部はあんまり壁画が残っていないので、どちらかというと簡素な印象を受けます。とはいえ、ここの石窟は当時の王国の宰相が作ったというので、もともとは、結構、豪華な石窟だったのかもしれません。

ここの天井には下の写真のような人物像がいくつも彫られています。男女像は微笑ましい。かなり彫りが綺麗です。
ここの本尊は椅子に腰掛けた形の釈迦像でした。転法輪印を結んでいて、結構立派な石像です。

   



第17窟

第17窟は第1窟と並ぶ見どころの一つと言われています。
ここはアジャンタの藩王が6世紀に作ったといわれる僧院(ヴィハーラ)。

壁画のテーマは、釈迦の前世物語や仏教説話など。

ここの壁画は、宮廷の官能的な女性が描かれているかと思えば、戦闘シーンもあリ、かと思うと、右みたいな動物(何かの説話だったと思うけれど・・・)を描いたものもあって、かなりバリエーションが豊かです。



下は酔象調伏の壁画。テーヴァダッタが釈迦を殺そうとして象を放ったけれど、釈迦の前で象も大人しくなってしまったという御話。




少し後ろに下がって、壁画を撮ってみました(左下)。石窟内の雰囲気は伝わるでしょうか。右下はお釈迦様。結構、奥まったところにあって、撮影するのは結構大変。実物は写真よりずっと穏やかで素晴らしいんですが・・・。

   


ここも天井画は見事。中央は天女でしょうか。花の模様も繊細で美しいです。



壁面から天井にかけて。本当に美しい。
多くの仏だけでなく、羽根のある天使のような姿も。



17窟には官能的な宮廷生活を描いた壁画も残されています。




第19窟

第19窟も馬蹄形アーチ窓のあるチャイティヤ(塔院)。



19窟も入口には多くの美しいレリーフが彫られていました。
   


第19窟内部。久しぶりにストゥーパが置かれた塔院(チャイティヤ)です。
一見すると、仏像が置かれているように思えますが、実はストゥーパに仏像が彫られているんです。

元々、前期・上座部仏教のころは仏像は彫られていませんでしたが、後期・大乗仏教期に入ると、仏像が作られるようになります。

その流れの中で、礼拝の対象だったストゥーパに仏像を彫るようになったんですね。

仏像が彫られるようになっただけでなく、石窟自体も豪華になっています。

簡素な第9窟、第10窟に比べると、ストゥーパ自体が美しく装飾され、天井までとどく上部も傘蓋のような形で彫り込まれています。木造建築を模したものなのだそうです。

ストゥーパだけでなく、柱の装飾も綺麗ですし、柱の上の壁にも多くの仏像が彫られていました。


柱の上にずらりと並ぶ美しい仏像たち。
   



第26窟

第26窟は入口からして立派です(左下)。後期・大乗仏教期の塔院(チャイティヤ)で、塔院の中ではアジャンタ最大です。
入口の前に立つ人の大きさからも石窟の大きさが分かると思います。二階にある明かり取りの窓も大きいし、その周囲の装飾もかなり派手。

正面にまわると、明かり取りの窓の周囲は何段にも小さな仏像がびっしりと彫り込まれ、更に大き目の仏像が左右にアクセントのように彫られていました。かなり気合の入った窟です。
内部も第19窟より、より大きく、より豪華になっていました。内部のストゥーパも、より豪華になっています。ここの仏像は椅子に腰掛けたような姿。ストゥーパを飾る彫りも細かいです(左下)。

   

ここでは、U字型に並ぶ列柱の奥にも、多くの仏像が彫られていました。特に、左側にはインドで最大の涅槃仏(右下)が彫られています。全長7,3m。大きいのはもちろんですが、その表情の柔和さ、穏やかさが何とも素晴らしい。

   


これまでに見た涅槃仏の中で、一番穏やかな表情のような気がします。




第26窟の後は未完成の石窟がいくつか残るだけ。
アジャンタ観光はこれで終わりです。

2001年には入口にインド人が待ち構え、輿に乗れ乗れとうるさかったですが
2006年は一変して電気バスで入口にまで行く形に整備されていました。
綺麗になったともいえますが、なんか寂しい気もする。

アジャンタで写真を撮ろうと思ったら、かなりの準備が必要です。
2回行って2回とも準備不足だった私は、いつか3回目にチャレンジしたいと思っとります。
ゆっくり見たければ人が少ない酷暑期のGW。ただ文字通りの酷暑です。


酷暑期のアジャンタ。外国人はもちろん地元の人も少ない時期。




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参考文献

ユネスコ世界遺産5(講談社)
世界遺産を旅する8(近畿日本ツーリスト)

基本的に現地ガイドさんの説明に基づいてまとめています。