アルベロベッロ

灰色の円錐形の屋根に白い壁
トゥルッリと呼ばれる可愛らしい建物
おとぎの国か妖精の村か
2017年8月訪問



アルベロベッロとは「美しい森」という意味。ブーツの形をしたイタリアのかかと(ヒールの上)あたりに位置する小さな町で、おとぎの国のような円錐形の屋根を持つ「トゥルッリ」で有名です。円錐形のドームの下は1つの部屋になっていて、それを「トゥルッロ」と言い、ドームを幾つか持つ民家を複数形で「トゥルッリ」というのだそうです。泊まったホテルにトゥルッリの説明図がありました。



つまりドームの数だけ部屋数があるわけです。ドームの下は屋根裏部屋になったりしてます。実はこの建物、土台もなければ骨組みもなく、屋根は平たい石を積んだだけでモルタルを一切使っていません。モルタルを使わずに石を積むのは、かなりの職人技を要するそうです。ドームを組み合わせて造られた家屋はなだらかな曲線を描き、なんとも美しい。外壁部分は石灰で白く塗られています。壁は厚く、窓も小さいですが白い色から室内も明るく、夏は涼しく冬は暖かいのだとか。



トゥルッリの語源はギリシャ語と言われているそうで、ミケーネ文明の石組みとの関係も言われています。南イタリアは古代ギリシャの植民地であった場所なので、ギリシャの影響が強いのかもしれませんが、他方でメソポタミアや北アフリカとの関係も指摘されているそうです。
建物内部から天井を見ると何故崩れないのか不思議な石組み。また、屋根には不思議な模様が描かれ、その頂上にはピナクルという飾り。なんとも可愛く、妖精の家か、おとぎの村のようです。

内部から見たドーム部分
 
 様々な屋根の飾り

しかし、実はモルタルを使わないトゥルッリは「すぐに壊せる」ための建物。
領主が国王に税金を払わないためのものでした。
町の中心ポポロ広場にトゥルッリの歴史を語る建物があります。

ポポロ広場



右の写真はポポロ広場の一角にあるカーサ・ダモーレという建物。1797年にアルベロベッロで最初に建てられた「モルタルを使った建物」で、封建制度からの解放のシンボル。

モルタルを使わないトゥルッリは元々は人々が畑仕事をする時の農具を置いたり、休憩をするための建物でした。アルベロベッロ周辺は石灰岩の地質で、地面を掘れば石材が手に入り、簡単にトゥルッリを建てることができたのです。

しかし、17世紀にナポリ王国からこの地の領主とされた伯爵は村を大きくする際に人々に住居もトゥルッリで造るように命じました。何故かと言うと、当時の領主は領地内の建物の数によってナポリ王国に税金を納めることになっていたから。王国の徴税官が来ると村人にトゥルッリを壊させ、建物がないと言って税金を免れるという、なんともせこい領主だったのです。

徴税官が去ると再びトゥルッリを建てさせたということですが村人にとっては何とも酷な話です。

フランス革命が始まると、この地にも革命の余波が伝わり、村人がナポリ国王に領主の横暴を訴えました。領主は罰され、国王に告発した村人により、この建物が建てられたのです。


つまり、可愛らしいトゥルッリには横暴な領主に虐げられた村人の歴史があったのです。
村人から領主の横暴を訴えられた当時のナポリ国王フェルナンド4世は視察で訪れたこの地の景観を気に入り、村を「美しい森・アルベロベッロ」と名付け、国王直轄地としました。

その後、多くのトゥルッリが建てられ、現在の景観が生まれたということなのですが・・・あれ、トゥルッリじゃないモルタルを使った家を村人は造りたかったんじゃないのか、という疑問が生まれましたが・・・・聞きそびれました。国王の直轄地とされたことで、何か優遇措置が取られたのか、もう壊さないで良いということなのか・・・。

フェルナンド4世が気に入ったこの地の景観はその後も人々に愛されたようで、1910年には国のモニュメントとされ、1930年には文化財として国に保護されることとなります。
最近でこそ古民家の保護とかされるようになりましたが、当時は城や教会ならともかく、民家が国のモニュメントとして保護されると言うのは他に例がなかったそうです。
1996年には住宅地区のアイア・ピッコラ地区と商店が並ぶモンテ地区が世界遺産に指定されました。

アルベロベッロの見どころはアイア・ピッコラ地区とモンテ地区なのですが
他にも見るべきものがあります。

サンティメデチ教会

ポポロ広場近くの教会。町の守護聖人を祀っています。


この教会の裏手にアルベロベッロ唯一の2階建てのトゥルッリがあります。

トゥルッロ・ソヴラーノ



1700年代前半に裕福な聖職者カタルド・ペルタにより建てられたトゥロッリで、なんと12ものドームがあります。アルベロベッロで唯一、2階建てとなっているトゥロッリです。

建物内部が公開されていて、当時のお金持ちの生活というのを見ることができます。1つのドームごとに1つの部屋となっているわけですが、内部は余りそれを感じない普通の住居といった感じ。
ただ、玄関近くの部屋の壁に穴が開いていて、それが外の訪問者と話をするためのものということなのですが、壁の厚さが凄いのに驚きました。トゥロッリの壁は80cmから古いものでは2mにもなったそうです。

一見普通のベッドルーム
 
 壁の穴で壁の厚さが分かります

2階建てのトゥルッリを見学した後はモンテ地区へ


モンテ地区

向かいの高台から見たモンテ地区


モンテとは「坂道」という意味。緩やかな丘の傾斜地に約1030戸のトゥルッリが建ち並んでいます。モンテ地区は商業地区で、その多くは土産物屋さん。観光客で大賑わいです。

きのこみたいなトゥルッリ
   


商業地区だからでしょうか。トゥルッリを飾る緑や花が美しい。



手入れの良いトゥルッリが多く、丸屋根の先端のピナクルも可愛い。



トゥルッロ・シアメーセ
2つのドームがくっついた変わった形の建物


この建物、兄弟が同じ女性を好きになり、弟がその女性と結婚したんだけど
兄が俺の家だからって出ていかなくて一緒に暮らしたから変な形なんですって。


お土産屋さんの中には屋上に登れるお店もあって見晴らしが楽しめます。


モンテ地区のトゥルッリは屋根に模様が描かれたものが多い。
模様は太陽や月・十字といったシンボル。魔除けや住民に吉兆をもたらすもの

マリアおばさんのお土産屋さん。色々なシンボルが描かれています。



聖アントニオ教会
坂の上にあるトゥルッリのある教会。1926年建立。隣は修道院



散策が楽しい。おとぎ話の世界に行ったみたい。
   


アイア・ピッコラ地区



アイア・ピッコラとは「小さな麦打ち場」という意味。かって穀類の脱穀や精白が行われていた場所で、現在は約400戸のトゥルッリが建っています。ここは商業地区だったモンテ地区と異なり人々が暮らす住宅街。トゥルッリも飾り気のない素朴なものが多い。お店のない静かな場所です。



朝に訪れたこともあるのかもしれませんが、静か。
人々が暮らす軒先を観光してよいのかな、と思いつつ歩きました。

 車が奥に停まってます。生活の場。
 ねこさんもいました。


隣の家との境が良く分からない。



トゥルッリの家だと庭がないので、ご近所さん共同の庭を造ってるのだそうです。
向こうに見えるのはモンテ地区


世の中には、こんな可愛い場所もあるんですね。
外国人だけでなくイタリア人にも大人気。
ご高齢のご夫婦が手をつないで歩いていたりすると絵になります。


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参考文献

ナポリと南イタリアを歩く 小森谷賢二・小森谷慶子著 とんぼの本 新潮社
南イタリアへ!地中海都市と文化の旅 陣内秀信著 講談社現代新書

基本的には現地ガイドさんの説明を元にまとめています。