カンピドーリオの丘

古代ローマのアクロポリスだったカンピドーリオの丘
ミケランジェロが設計した広場には
世界最古の美術館があります。
2017年10月訪問

写真はカンピドーリオ広場に続く大階段


カンピドーリオ広場


ミケランジェロが設計したというカンピドーリオ広場。大階段を上ると左右にカストルとポルックスの巨大な像。
正面にはローマ市庁舎、右にはコンセルヴァトーリ宮殿、左には新宮。市庁舎の左右に位置するコンセルヴァトーリ宮殿と新宮はカピトリーニ美術館となっています。

かってのカンピドーリオの丘はカピトリウムとアルクスという2つの頂を持つ丘でした。
現在、コンセルヴァトーリ宮殿が建っているのがカピトリウム。前15世紀に遡る陶器片が出土しており、伝説のローマの始祖ロムルスの時代には大事な砦だったと考えられています。前6世紀のエトルリア人の王の時代にはジュピター(ゼウス)、ユノ(ヘラ)、ミネルヴァ(アテネ)の三神を祀る神殿が建てられました。
新宮が建っているのはアルクスの丘。ここにはユノ神殿が建てられていたそうです。
つまり、ここは古代ローマのアクロポリスだったのです。

カピトリウムとアルクスの丘の間の凹みには公文書館(タブラリウム)が建てられ、2つの丘をつなぐ通路となっていました。この公文書館の上に現在の市庁舎が建っています。

広場の中央にはマルクス・アウレリウス帝の騎馬像(レプリカ)


公文書館の上に建つ市庁舎。市庁舎の裏はフォロ・ロマーノ。


2つの丘を結んでいた公文書館は今ではコンセルヴァトーリ宮殿と新宮を結ぶ地下通路となっています。
地下通路からのフォロ・ロマーノの眺めは絶景。
   
古代はテヴェレ川に面した側は崖になっていて、フォロからしか丘には登れなかったそうです。


カピトリーニ美術館(コンセルヴァトーリ宮)




市庁舎の左右に建つ2つの宮殿がカピトリーニ美術館。15世紀に教皇シスト4世が所有していた古代彫刻をラテラノ宮から移して市民に公開したのが始まり。一般に公開された世界最古の美術館なんだそうです。

見どころが多い美術館ですが、まずは右に建つコンセルヴァトーリ宮から見学。

カンピドーリオ広場の中央に立つマルクス・アウレリウス帝の騎馬像のオリジナルが置かれているマルクス・アウレリウス帝のエセドラ。

ここは古代の神殿の跡地。ジュピター(ゼウス)神殿だそうです。

ここに置かれているマルクス・アウレリウス帝の騎馬像は、キリスト教を公認したコンスタンティヌス帝だと信じられ、保存されていたもの。オリジナルには金箔が残り、かっては黄金に輝いていた像であることが分かります。

また、巨大なコンスタンティヌス帝の頭部と手も残っています。ブロンズ製の像は溶かせば再利用可能なので、残っているのは非常に貴重ということでした。

金箔が残る皇帝の騎馬像
 
 巨大なコンスタンティヌス帝の頭部と手


コルヌコピア(豊穣の角)



踊るニンフ像
 
 吊るされたマルシュアス

ローマは紀元前6世紀からギリシャの影響を受け、古来の神々をギリシャの神々と同一視したり、ギリシャ時代の彫刻の模刻が大量に作られました。右上の吊るされたマルシュアスなどは、その一例。アテネが捨てた笛を拾ったサテュロスのマルシュアスは自分の吹く笛の音に慢心し、音楽の神アポロンより自分の音楽が優れていると自慢します。それを聞いたアポロンがマルシュアスに音楽の競演を申し入れ、敗者となったマルシュアスは勝者はどのような罰を与えても良いという約束に従って生きたまま木に吊るされ生皮を剥がされました。残酷なシーンであり、神の冷酷さを示すものでもありますが、紀元前250年ころのオリジナルを元に模刻が幾つも作られています。


エスクィリーナのウェヌス(ヴィーナス)像
クレオパトラ像との説もあるそうです。
 
 マルクス・アウレリウスの息子コンモドゥス
ヘラクレスに扮しています。.


悲しげな表情のメドゥーサ。16世紀、バロック期を代表するベルニーニの作
   


カピトリーノの牝狼


ローマの建国神話を描いた有名なブロンズ像、
捨てられた双子のロムルスとレムスが狼によって育てられたというシーン


ウェヌス(ヴィーナス)の子であるトロイ王家のアイネイアスはトロイ落城の際、父を背負い、息子の手を引いてトロイを脱出し、イタリアに逃れたとされています。ロムルスとレムスはアイネイアスの末裔で、軍神マルスと王女シルウィアの間に生まれたとされ、王位を奪った王の弟によってテヴェレ川に捨てられます。

しかし、双子は牝狼によって育てられ、パラティーノの丘で牧人に拾われて成長し、自分たちを捨てた叔父を殺し、祖父を復位させ、自分たちが育ったパラフィーノの丘に前753年4月21日、新たな都市ローマを築きました。

この像は元々は前5世紀のエトルリア時代の作とされていましたが、その後、双子は15世紀の作、最近では狼も中世の作ではないかと言われるようになっているそうです。しかし、狼が双子に乳をやるという姿の像は前3世紀には既に造られていたとの記録もあり、古いモデルがあったのは間違いないでしょう。実際、私もローマから遥か遠いタジキスタンの遺跡で発見された良く似た壁画を見ています。5世紀から8世紀のソグド人の遺跡で発見されたもので、ローマ文化がシルクロードに伝わっていたことを示す壁画とされていました。


トゲを抜く少年(前1世紀) 少年の顔がとっても可愛い。
   


宮殿だけあって華やかな部屋
 
 ウルパヌス8世の像

フォロ・ロマーノの眺めが素晴らしい通路を通って新宮に移動。

カピトニーニ美術館(新宮)

新宮中庭にある巨大なマルフォーリオ。川の擬人像で、庶民の告発文が貼られました。
   

若い子たちが記念撮影しようとして怒られてましたが、人が入らないと巨大さが分かりませんよね。

新宮に入ると歴代皇帝や哲学者の肖像が並びます。

カラカラ帝
母の目前で弟を殺した皇帝
 
 ソクラティス
醜男だったと言われていますが・・・


ハドリアヌス帝の別荘から出土したケンタウロス像
   


子供時代のヘラクレス あんまり可愛くない
 
 美しいパン 耳が尖ってます。


傷ついたガイア人
プラクシテレス(前4世紀)のローマ時代の模刻


プラクシテレスはオリンピアのヘルメス像の作者


とても細かくて絵画のように見えるモザイク
ハドリアヌス帝の別荘から出土した可能性があるようです。


カピトリーノのウェヌス
前3世紀の像のローマ時代の模刻
 
 酔った老女
写実を旨とするローマ期の作


サンタ・マリア・イン・アラチェリ教会


カンピドーリオ広場に通じる大階段に隣接して、凄い大階段があります。
カンピドーリオ広場の大階段から撮ったので、今一つ分かりにくいかもしれませんが、ともかく凄い大階段です。

古代にユノ神殿が建っていたとされるアルクスの丘に建つ教会で、教会に通じる大階段は「天国の階段」と呼ばれているそうです。

余りの大階段に上る勇気も元気もありませんでしたが、この教会はアウグストゥス帝が幼児を抱いた聖母を見た場所に建っており、巫女から神の子の祭壇が建つとのお告げがなされていたのだそうです。
伝承に基づき7世紀に教会が築かれ、1300年代に建て直されたました。

この教会には奇蹟を生むという「聖幼な子」の像が置かれているそうです。

こういった伝承からもカンピドーリオの丘が古来から聖地とされていた歴史を感じます。

この教会の隣に建つ白亜の建物はヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂。


ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂



カンピドーリオ広場に並んで建つ白亜の建物。フォロ・ロマーノやフォリ・インペリアーリを散策していると目に入るヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂。1870年のイタリア統一により初代国王となったヴィットリオ・エマヌエーレ2世を讃えるために建てられた記念堂です。完成したのは1911年。完成当初、地元の評判は悪くウェディングケーキとか酷評されたそうですが、なかなか美しいですよね。最上部の柱廊の左右の屋根に置かれた4頭立ての馬車を操る勝利の女神が素敵。


マルケルス劇場とアポロン神殿



カンピドーリオの丘から坂道を下りて行くとコロッセオに似た建物が見えて来ます。これはカエサルが着工し、アウグストゥスが完成させたマルケルス劇場。コロッセオより古い劇場です。かっては1万5000人を収容可能でした。その後中世には貴族の砦になり、今は集合住宅となっています。
隣に見える3本の柱は創建が前5世紀というアポロン神殿。アポロンが芸術の神であることから、神殿の隣に劇場が建てられたのだそうです。この裏手は旧ティベリウス港。川に港があったんですね。ローマ市内を流れるテヴィレ川は古代の重要な交通網でした。

ローマって、本当に歴史がぎっしり詰まっている街ですね。


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参考文献

ローマ古代散歩 小森谷慶子・小森谷賢二著 新潮社 トンボの本
過去と現在 ローマ 日本語版(遺跡で購入)

基本的には現地ガイドさんの説明を元にまとめています。