ナポリ国立考古学博物館

噴火で埋もれたポンペイからの出土品
逸品揃いのブルボン王家の財宝
南イタリア随一と言われるのも納得の博物館
2017年8月・10月訪問

写真はポンペイ出土のアレクサンダー大王のモザイク


ナポリ旧市街にある国立考古学博物館は南イタリアで最も重要な考古学博物館と言われています。

博物館の建物は16世紀に騎兵隊宿舎として建てられたもので、18世紀にナポリ公国の王となったブルボン家のカルロ王が母のエリザベートから相続したファルネーゼ家の財宝を展示するようになったのが博物館の始まり。

その後、ヴェスビオ火山の噴火で埋もれたローマ帝国時代のポンペイやエルコラーノなどの町の発掘が進むと、その出土品も展示されるようになります。ポンペイやエルコラーノの遺跡の近くには博物館はなく、出土品を見たければこの博物館に来る必要があります。

博物館は1階・中2階・2階からなっています。

1階にはファルネーゼ家の財宝(ファルネーゼ・コレクション)を中心に展示されています。古代ギリシャ彫刻の傑作を模刻した大理石像などが見どころです。
中2階と2階はポンペイやエルコラーノなどの町からの出土品が展示されています。ローマ時代の生活用品や当時の住居を飾っていた見事な彫刻・フレスコ画・モザイク画が見どころ。

まず2階に上がり、見学しながら降りていきました。

2階

博物館の入口から見て2階左側の部屋には
エルコラーノのパピルス荘からの出土品が展示されています。

アテネ
 
 走者

休息するエルメス(ヘルメス)
パピルス荘の体育室から出土
 
 ダナオスの娘
ダンサーたちと呼ばれる5体のうちの1つ

 エルコラーノはポンペイとともにベスヴィオ火山の噴火で埋もれたローマ帝国期の町ですが、ポンペイが商業・生産活動の中心地として様々な人々が暮らしていたのに対し、貴族の別荘地だったと考えられています。パピルス荘からは、なんと65のブロンズ像、28の大理石像が発見されているそうで、その豊かさに驚かされます。これらの像はギリシャ時代の彫刻の模刻だそうです。


2階右側のエリアに進むと、当時の生活用品

豪華な銀製品
 スプーンはありますが
まだナイフとフォークはありません
 お湯を運ぶ容器にもレリーフ
髪を結い、体を洗っているようです。

左上の銀製品は噴火の時、お金持ちの家から盗み出されたものだとか・・
火事場泥棒をした犯人は噴火の犠牲者となりました。

ガラス製品も見事です。たとえば右の写真、かなり大きな壺ですが、取っ手部分の曲線がなんとも優美ですし、波立つような模様も素晴らしい。

今ではガラスといえば透明なものが主ですが、古代ではむしろ不透明のものが主流で、透明なものが好まれるようになったのは1世紀の末ころからなんだそうです。光を通している右の壺は、そんな過渡期のものなのかもしれません。

また、ローマ帝政期には青地に白地のガラスを重ね、白地の部分を彫って浮き彫り彫刻を施したカメオ・ガラスも作られました。
このカメオ・ガラスは貴重品だったそうですが、ポンペイ周辺から複数見つかっています。

素晴らしいカメオ・ガラスの壺
   


ポンペイ・アポロ神殿のアポロとダイアナ
遺跡にあるのはレプリカ。こちらがオリジナルです。

月の女神ダイアナは狩りの女神でもあります
 
 矢を射るアポロ


フレスコ画

ポンペイや近郊の遺跡から出土したフレスコ画も見どころの一つ
当時の住居は窓がなく壁をフレスコ画で飾っていました。

まるで窓から外の景色を見ているようです。



装飾的な壁画も好まれました。
   


遠近法を使っただまし絵



神話は好んで描かれたようです。


傷ついたアイネイアスの治療を描いた壁画。
アイネイアスはトロイ戦争のトロイ側の勇将。
トロイア王家のアンキセウスと女神アフロディテの間に生まれたアイネイアスはトロイア王の娘クレウーサを妻にし、息子アスカニウスをもうけます。
トロイ戦争でトロイアが陥落するとアイネイアスは父を背負い息子の手を引いて脱出します。そして、流浪の末、アイネイアスは息子とともにイタリアに渡り、彼の末裔であるロムルスとレムスがローマを拓いたとされています。
古代ローマ人は自分たちをトロイアとラテンの血をひく者と考えていました。

建国に関わる人物であるからか、ローマ帝政期にアイネイアスは数多く描かれています。

壁画では戦で傷ついたアイネイアースの治療を母アフロディテが見守っています。アイネイアスの隣で泣いているのは息子アスカニウス。

ローマの神様がギリシャの神様と同一視されることが多かったからか
ギリシャ神話は一般教養として必要だったようです。

ミノタウロスを倒すテセウス
 
 ディオニュソスとアリアドネの出会い


メガログラフィーア
マケドニアとペルシャの擬人像



神話だけでなく、住居の主の姿も描かれました。

女性(サッフォー)の肖像
 
知的な雰囲気からギリシャの女流詩人
サッフォーの名で呼ばれています
 パクイオ・プロクロと妻の肖像

夫は司法職としている本もあれば
パン屋の夫婦とする本もあり・・・どちらでしょう?


小さな作品にも美しいものが多い。下の2つはガラスが光ってしまったので絵葉書を買いました。
ポンペイ近郊出土
 花の女神フローラ
 狩りの女神ダイアナ



中2階

中2階にはモザイクの部屋があるのですが、モザイクが展示された部屋の中央に銅像があります。
ポンペイでも最大級の住宅・ファウヌスの家に飾られていた踊る牧神(ファウヌス)です。
   

右上の牧神像の背後にある大きなモザイク画が、この博物館最大の見どころ。

アレクサンダー大王とダレイオス3世の戦い


ポンペイのファウヌスの家から出土したアレキサンダー大王とペルシャのダレイオス3世の戦いのモザイク画。アレキサンダー大王が最初にダレイオス3世と対峙したイッソスの戦いの場面とも、その後大王が進軍を続けたチグリス川上流・ガウガメラの戦いを描いたものとも言われています。現地ガイドさんはイッソスの戦い説で、その根拠はモザイクに唯一書き込まれた風景が枯れ木であり、イッソスは枯れ木という意味だから、と力説していました。
教科書でお馴染みのアレキサンダー大王や馬、ペルシャ軍の姿が非常に細かいモザイクで描かれています。攻めるアレキサンダー大王と敗走寸前のダレイオス3世の姿の対比も見事です。

   

アレクサンダー大王とダレイオス3世
   


モザイクの部屋には他にも見事なモザイク画が多数展示されています。

メナンドロスの喜劇
 
 女占い師


女性の肖像
 
 メメント・モリ(死を思え)


身近な動物たちの姿も描かれていました。

にゃんこ
 
 わんこ


当時の邸宅の様子も復元展示されています。モザイクはエルコラーノ、柱はポンペイ出土
   


豪華な柱はポンペイのエルコラーノ門の外の邸宅にあったのだそうです。
 柱までモザイクとは贅沢
 貝殻も使用されています。



実は中2階には15歳以上でないと入れない「秘密の小部屋」もあります。
ポンペイの売春宿などで見つかった壁画などが展示されています。
日本の秘宝館みたいでしたが、中には何故ここにあるの?というものもありました。
   



1階

ファルネーゼ・コレクション
1階の見どころは何と言ってもファルネーゼ・コレクション

ファルネーゼの皿
   

紀元前2世紀に造られたメノウ製のカメオ。光を当てると美しい神々の浮彫が現れます。アレキサンドリアで作られたものをアウグストゥスが31年にエジプトから持ち帰ったもので、クレオパトラやフェデリコ2世が所有していたとされています。その後、ローマの名家ファルネーゼ家の所有となり、ナポリ王国の国王となったブルボン家のカルロ3世の母エリザベッタがファルネーゼ家出身だったことから、他の多くのフォルネーゼ家の宝物とともにナポリ王家に引き継がれました。

見事な皿ですが、ファルネーゼ・コレクションは多くの優れた彫刻で有名

ファルネーゼのヘラクレス
棍棒にもたれ、休息するヘラクレス
   

ギリシャの英雄ヘクラテスはゼウスがアルクメネに夫の姿に化けて生ませた子。嫉妬に狂ったゼウスの妻ヘラはヘラクレスを狂わせ、自分の子供を殺させます。ヘラクレスは罪を償うために12の冒険・偉業を課せられました。この像は冒険を終え、休息するヘラクレス。ローマ時代の模刻ですが、原作はギリシャ古典期の3大彫刻家の一人リュシッポスの最高傑作と言われます。筋骨隆々としたヘラクレス像の迫力は素晴らしく、この像を元に多くのヘラクレスが描かれています。この像はローマのカラカラ浴場から出土したもので非常に大きい。台座の高さもあるのですが、近くで見ると人の頭が膝くらいでしょうか。ただでさえ凄い迫力なのに大きさもあって圧倒されます。


ファルネーゼの牡牛(ディルケーの拷問)
こちらもカラカラ浴場から出土した大きな像。ゼウスの双子が母を苦しめたディルケーに復讐する像
   

テーベの娘アンティオペもゼウスに見初められ双子を産みますが、双子は捨てられ、アンティオペはテーベ王の妻ディルケーに美貌を嫉妬され奴隷のように酷使されます。この像は成長した双子が母と再会し、その復讐を果たすシーン。ミケランジェロが修復したことで有名です。後ろに立つのが母アンティオペ。巨大な像に近づくと双子が牛にディルケーの髪を結んでいることが分かります。これから暴れ牛によってディルケーを引きずり回して殺そうとしている恐ろしいシーンです。




暴君誅殺者
   

アテネの僭主ヒッピアスを暗殺しようとしたハルモディオスとアリストゲイトンの像。暗殺事件の真相については僭主ヒッピアスの弟ヒッパルコスが美青年ハルモディオスに振られたことを逆恨みして、ハルモディオスの家族に嫌がらせをしたことから、ハルモディオスと恋人アリストゲイトンがヒッピアスともどもヒッパルコスを殺害しようとしたから・・・との説もあるようですが、この2人は僭主制を打倒そうとした英雄としてギリシャではあがめられ、紀元前6世紀にアテネ市民の注文によってオリジナル像が作られました。これはコピーですが、オリジナルはペルシャに持ち去られたものをアレクサンダー大王がアテネに持ち帰る・・・というドラマティックな運命をたどったようです。


アマゾネス
 
 イルカとエロス


エロチックなパン
 
 美しいヴィーナス


ナポリ考古学博物館には他にも有名なアフロディテ(ヴィーナス)像がいくつかあります。

カプアのヴィーナス
ナポリの北カプア出土。この像も原作はリュシッポス。前330〜320年
原作は青銅製の像で、磨いた盾に自分の姿を映していたのではないかと考えられています。
   


美しいお尻のヴィーナス
文字通り、お尻の美しいビーナス。なぜ、こんなポーズをしているのか。前240〜200年。
     
水面に自分のお尻を写して美しさに見とれている姿なんだそうですが・・・


男性美を追求した彫刻もありました。
 槍兵
 ディオメデス


見どころが多すぎて2回行っても回りきれませんでした。
地下にはエジプトコレクションもあるそうです。
次の機会があるならば地下も見学したい。


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参考文献

ナポリと南イタリアを歩く 小森谷賢二・小森谷慶子著 とんぼの本 新潮社
図説ギリシャ神話・神々の世界篇 松島達也著 ふくろうの本 河出書房新社
図説ギリシャ神話・英雄たちの世界篇 松島達也・岡部紘三著 ふくろうの本 河出書房新社
血塗られた神話 森本哲郎著 文春文庫ビジュアル版
ポンペイ 今日と2000年前の姿  日本語版(遺跡で購入)
ポンペイ 古代の遺跡を再現 日本語版(遺跡で購入)
世界遺産ポンペイの壁画展 展覧会カタログ

基本的には現地ガイドさんの説明を元にまとめています。