パレルモとモンレアーレ

シチリア北西部に位置するパルレモ
アラブ、ノルマン、ビザンティン・・・多くの文化が入り混じった街
パレルモと近隣のモンレアーレを訪れました。
2017年8月訪問

写真はモンレアーレ大聖堂のパントクラトール(全知全能のキリスト)



パレルモ

写真はパレルモ大聖堂


シチリアの州都パレルモは人口約70万人。紀元前9世紀にフェニキア人が築き、「花」を意味するジズと名付けたのが街のはじまり。前8世紀にはギリシャ人が「全てが港」という意味のパノルムスと呼ぶようになります。その後、カルタゴとローマの戦いを経てローマ帝国の支配下に、そして西ローマ帝国が衰えると東ローマ帝国の支配下に入りますが、後9世紀にイスラム勢力が侵攻し、10世紀にシチリア全土がイスラム支配下に入るとパレルモは首都とされました。イスラム支配下ではオレンジなど様々な新しい農作物が導入され、街にはキリスト教徒やユダヤ教徒も暮らし、人口は30万人を超え、非常に繁栄したそうです。
11世紀になるとフランスからノルマン人が侵攻しますが、ノルマン支配下でイスラム文化とビザンティン文化・フランス文化が融合した独自の文化、アラブ・ノルマン様式が花開くこととなりました。

ノルマン王宮



ノルマン王宮はイスラム時代に築かれたアラブ人の要塞を島の新しい支配者ノルマン人が12世紀に王宮に増改築したもの。2階にある宮廷付属のパラティーナ礼拝堂はルッジェーロ2世によるものでアラブ・ノルマン様式の傑作。上の写真は王宮内のパラティーナ礼拝堂入口付近。

豪華絢爛な礼拝堂内部


大理石のアーチとビザンティン様式の金地ガラスモザイク画

祭壇の後ろには「祝福を与えるキリスト」
キリストの下には聖母マリア
 
 祭壇の横も見事
金色がまぶしい。


祭壇上のドーム状天井には「天使に囲まれた全知全能の神キリスト」



豪華な説教台。床と壁の低い部分は幾何学模様の大理石の象嵌細工



天井の中央部分は鍾乳石飾り
レバノン杉を使ったイスラム建築様式
 
左右の天井も美しい
アーチの装飾の見事さも分かるかと思います。


礼拝堂の壁を埋めるモザイク画も素晴らしい。
アダムとイブの楽園追放などの旧約聖書の物語やキリストの生涯が描かれています。



聖ペトロと聖パウロを従えた玉座のキリスト(14世紀)



大理石の象嵌細工も見事
   


華麗なアラブ・ノルマン文化が花開いたノルマン朝でしたが、13世紀になるとシチリアはフランスのアンジュー家の支配に入ります。しかし、フランス人の振る舞いにシチリア人が反乱を起こし、アンジュー家と亡命貴族が担いだアラゴン家の抗争となってシチリアは荒廃しました。15世紀になるとスペインの支配下に入り、パレルモにはスペイン副王が駐在することとなります。18世紀のスペイン継承戦争の際に、一時はオーストリアの支配となりますが、スペインのブルボン家が征服・・・・とパレルモの支配者は目まぐるしく変化しました。ノルマン王宮はアンジュー家・アラゴン家の時代には放棄されましたが、スペイン副王時代に再び蘇ることとなります。

現在、王宮はシチリア州議会堂となっています。議会のない日は王宮内の見学も可能。

州議会場として利用されているヘラクレスの間(19世紀)

ヨーロッパ最古の議会のひとつ
 
 ヘラクレスの偉業が飾られています。


ルッジェーロの間(12世紀)



パラティーナ礼拝堂を建設したルッジェーロ2世の息子グリエルモ1世によるもの
ノルマン王朝ならではのイスラムの楽園を描く華麗な部屋
   


東洋の間(18〜19世紀)
当時の東洋趣味を反映し、中国風の人物が描かれています。



クアットロ・カンティ



クアットロ・カンティとは「四つ辻」「十字路」という意味で、スペイン支配下の17世紀に旧市街の中心として造られたもの。十字路の角の建物を丸く削り、噴水と彫刻で飾っています。一番下の噴水には春夏秋冬を象徴する彫刻、次の段にはカルロ5世らスペイン総督、そして一番上の段には街の守護聖女クリスティーナ・ニンファ・オリーヴァ・アガタの像が置かれています。

   


プレトリア広場



クアットロ・カンティのすぐ近くのプレトリア広場。市庁舎前の広場です。
噴水を飾る彫刻に裸の姿のものが多いことから「辱めの広場」とも呼ばれるのだとか。
市庁舎前なんで、仕事中に裸見るなんて・・・という意味らしい。


マルトラーナ教会とサン・カタルド教会



プレトリア広場近くのペッリーニ広場に面した二つの教会。写真左がマルトラーナ教会、右の赤い3つの丸屋根がサン・カタルド教会。どちらも12世紀ノルマン朝時代に建てられた教会です。


カーポ市場

 野菜が大きい
 新鮮さアピールのポーズしている魚


マッシモ劇場



19世紀に建設されたヨーロッパでも有数の劇場。敷地面積ではパリ・ウィーンに次いで3番目の大きさ。客席数は1380。正面階段はゴッドファーザーPARTVのラストシーンで有名。映画は劇場の改築中に撮られたものだそうです。見学コースにはロイヤルボックスも入っていて、アル・パチーノ視線で舞台を眺めることもできます。劇場内には豪華な休憩室もあれば、修道女の幽霊が出ると噂(劇場を建てる時に修道院を取り壊したので出るらしい)の階段もあります。

ロイヤルボックスからの眺め



舞台近くから。正面2階がロイヤルボックス。




モンレアーレ

モンレアーレはパレルモの西約8q、小高い丘の中腹にある小さな町。しかし、「パレルモへ行ってモンレアーレを見ないのは驢馬の旅のごとし(パレルモ行ってモンレアーレに行かないのは馬鹿)」と言われるほどパレルモを訪れたらぜひ立ち寄りたい場所となっています。見どころはアラブ・ノルマン様式の最高傑作と言われる大聖堂と隣接する修道院の美しい回廊。

ドゥオーモ・大聖堂



大聖堂内部
黄金の光の中に浮かび上がるキリストに目を奪われます。



この大聖堂はノルマン王朝のグリエルモ2世によって12世紀後半に建てられたもの。パレルモの王宮内のパラティーナ礼拝堂より後に建てられたもので、より広く豪華と言われています。

伝説ではグリエルモ2世が狩りのために、この地を訪れた時、王の夢に聖母マリアが現れ、「この地を掘れ」と言われたため、掘ってみたら黄金がざくざく出てきたのだとか。そこで、感謝した王が聖母マリアに捧げる教会として建てたのが、この大聖堂と言われています。

しかし、実際には、当時、パレルモの大司教が勢力を持ちすぎていたため、その権勢を削ぐために建てられたものなのだとか。

当時、王と教会の関係は色々と難しかったようですが、金地に描かれたビザンティン様式のモザイクは豪華絢爛ですし、パイプオルガンも素晴らしい。

一般人が結婚式を挙げることも可能で、現在2年待ち。待ってる間に分かれちゃうカップルもいるそうですが、めでたくここで挙式できたら一生の思い出になるでしょうね。


全知全能のキリスト像(パントクラトール)
全長7m。幅14m。


キリストの下の聖母子や天使、12使徒も美しい。

キリストの下を角度を変えて撮ってみました。



パントクラトールと豪華な天井



 見事な円柱
 天井も素晴らしい


パイプオルガンの横には
王の座る玉座
 
 玉座の上の壁画は
キリストから王冠を授かるグリエルモ2世

大司教からではなく、キリストから直接王権を授かったというアピールでしょうか。


壁を飾る旧約・新約聖書の壁画も見どころです。
洪水に備え方舟を造るノア



洪水の場面と洪水後に方舟から動物を降ろすノア



上段の壁画はアダムとイブの楽園追放。



湖の上を歩くキリスト



大聖堂には大聖堂を建てたグリエルモ2世と父1世の棺も置かれています。

 白い棺が2世、奥の赤い棺が父1世
父の赤い棺はエジプトから運んだ赤花崗岩
 棺が置かれた部屋の壁画はキリストの生涯
真ん中右は最後の審判の場面

棺の置かれた場所の床の大理石のモザイクにも注目


大聖堂内のマリア像
ここの大理石のモザイク・象嵌も美しい。
 
 大聖堂の本来の入口
ボナンナ・ピサーノ作の青銅扉

大聖堂に続いて隣接する修道院の回廊へ

回廊



12世紀にドゥオーモ(大聖堂)が建てられた時、隣接してベネディクト修道院も建てられました。その修道院の47m×47mの中庭を取り囲む回廊もモンレアーレの見どころの一つです。2本一組となった柱が尖塔アーチを支える形で整然と並んでいて、その数、全部で228本。しかも、柱は一つおきにモザイクで幾何学模様を描かれていて、何とも言えないリズム感もあります。色々なモザイク模様があって、何とも楽しい。

   


柱頭には彫刻がなされています。
聖母マリアに大聖堂を捧げるグリエルモ2世



中庭の一角にはアラブ風の噴水も置かれています。
なんとも涼しげ。



噴水の近くの円柱は特に豪華な印象。4本一組のものもありました。
   


モンレアーレの町のお土産屋さんの店先。凄く可愛い。

シチリアの操り人形プーピ
 
 花馬車のお人形


こちらはコワイけどシチリアで良く見るシチリアのシンボル
真ん中の顔はメドゥーサ、3本の足はシチリアの3つの岬


なんでシンボルがこんなにコワイのか・・・


イタリアの遺跡に戻る


ヨーロッパの遺跡に戻る




参考文献

芸術と歴史の島シチリア(日本語版) BONECHI シチリアで購入
シチリアへ行きたい 小森谷慶子・小森谷賢二著 とんぼの本 新潮社

基本的には現地ガイドさんの説明を元にまとめています。