ブリンディシとターラント

アッピア街道の終点で東地中海への玄関のブリンディシ
ギリシャ植民市時代の出土品を有する博物館で有名なターラント
南イタリアの港町を廻りました。
2017年10月訪問

写真はブリンディシの港前広場



ブリンディシ

アドリア海に面するブリンディシ


ローマから南東に延びるアッピア街道の終点ブリンディシ。ブーツの形をしたイタリアのヒールの中ほどに位置し、アドリア海に面するブリンディシは古代から東地中海への玄関口とされました。古代ローマ兵も十字軍も、この港から東方に向かったのです。
アッピア街道の終点を示すとされる古代ローマの円柱が立っている階段を上るとブリンディシの港が天然の良港なのが良く分かります。左右から延びる半島に抱き込まれたような入り江は波も穏やか。今もブリンディシの港からはギリシャやアルバニア、北アフリカへの船が出ています。

古代ローマの円柱

古代ローマの円柱は50段の階段の上に立っています。この階段はラテン文学の黄金期を築いた紀元前1世紀の詩人ヴァ―ジル(ウェルギリウス)が客死した場所に通じていることからヴァ―ジル階段と呼ばれています。

アッピア街道の終点を示すとされる古代ローマ時代の円柱は高さ19m。2世紀に建てられたもので、16世紀の地震で倒れて壊れたことから、壊れたオリジナルの一部とレプリカが並んでいます。

アッピア街道は、自然発生的にできた道ではなく、国家事業として作られた最初のローマ街道で街道の女王と呼ばれます。
紀元前312年に執政官アッピウス・クラウディウスにより着工され、前264年にブリンディシに到達しました。

円柱が建てられたのは街道ができてから500年くらい経ってからのこと。
このため、この円柱は実は街道とは関係なく灯台なのではないかとか、アッピア街道に並行して後に造られたアッピア・トライアーノ街道がブリンディシに到達したのが後2世紀であることから、その時の記念碑ではないか、などの説もあるそうです。

右の短いのがオリジナル(一部)
 
 柱頭部分のレリーフ(レプリカ)

古代ローマの円柱付近からは港が良く見渡せます。

第一次世界大戦で亡くなった海軍兵の名を刻む
水兵の記念碑
 
 入り江の入口に建つ
中世の要塞


港前の広場にも見どころがあります。

イルカの噴水
17世紀スペイン支配下の公共水道
 
 ヴァ―ジルの記念碑
彼の詩からイマジネーションを得たもの

港から旧市街に向かい散策しました。

大聖堂(ドゥオーモ)



街の大聖堂・ドゥオーモ。元々は11〜12世紀にロマネスク様式で建築されましたが、18世紀の地震で破壊され、現在の建物はその後、再建されたもの。

また、鐘楼は第二次世界大戦中に爆撃され、その後に再建されたものだそうです。

ただ回廊は中世のものが残っていて、テンプル騎士団の回廊と呼ばれているのだとか。プリンディシという街の名前は「鹿の頭」という意味だそうで、鹿の頭のレリーフも残っています。

ドゥオーモの前は広場になっていて周囲には18世紀の像が残る神学校もありました。

教会内部に入ると、18世紀に描かれた最後の晩餐やソロモン王とシヴァの女王、ソロモン王の裁きの壁画などがあります。現地ガイドさんは、これらの壁画に注目してもらいたかった様子ですが、むしろ教会内部に残る12世紀のモザイク画が面白かった。
かっては文字の読めない人に聖書の内容を伝えるため、教会の床に聖書物語のモザイクを描いたのだそうです。グリフィンはキリストの象徴とのことでした。

現地ガイドさんに悪いので、最後の晩餐とソロモン王を訪れるシヴァの女王(左)も紹介。



しばらく旧市街を散策

 古い建物が現役
 馬車の時代の車止め


サン・ジョヴァンニ・アル・セポルクロ教会

サン・ジョヴァンニ・アル・セポルクロ教会は11〜12世紀に建てられたロマネスク様式の教会です。

聖地イェルサレムから戻ったテンプル騎士団が奉建したもので、聖地イェルサレムの建築様式を真似たという円形平面プラン・・・一言で言えば丸い建物。ちょっと一般の教会のイメージとは違う建物です、

入口の2本の柱はなんとも可愛い獅子が支えており、半円アーチの入口の周囲はデフォルメされた人物や想像上の動物などのレリーフがびっしりと彫りこまれています。

入口から中に入ると床が低くなっていて、8本の円柱が円形に置かれています。司祭が立つ場所に足形が描かれていて、そこに立つと柱が重なって見えるのも面白い。集中式と言うそうです。
壁には壁画がうっすらと残っています。13世紀から16世紀にかけての壁画だそうですが、古い壁画の上に新しい壁画を重ねて描いていったため、馬のお尻が2つあるように見えたりもします。地下からはローマ時代のモザイク画も発見されました。

柱頭のレリーフ


なんとも可愛いライオン
 
 戦う十字軍

グリフィンやライオンもキリスト教の象徴
 
 なんとも不思議なレリーフ。どんな意味なのか。

教会内部


なんとも雰囲気のある教会です。

うっすらと残る壁画
   

お尻が2つあるように見える馬。壁画を重ね描きしていった結果、こうなりました。


中世の気分に浸った後、再び古代に

新ヴェルディ劇場下考古学地区



劇場の地下から発見された紀元前3世紀のローマ時代の街並み。
中央に南北に走る大通り、東側は居住区、西側は職人街。


コルテ・ダッシージ宮

コルテ・ダッシージ宮は15世紀の貴族の館。

コンスタンティノープル陥落後、逃れてきたスラブ系の人々のために街が館を建ててスラブ系の人たちを保護したものだそうです。
当時のスラブ系の人たちは小麦商人などで財を蓄えた人たちが多く、街の経済を考えて彼らを保護したとのことでした。

この建物の周囲は古い時代の建物が多く残っていて、地下には聖ペテロ教会が眠っているかもしれないと言われています。

興味深い建物ですが、一番の見どころはローマ時代の円柱のオリジナルの柱頭部分。
間近で見ることができる柱頭部分は迫力があります。柱頭の直径は約1,5m。

柱頭は四面に分かれていて、男神、女神、男神・・・と男女の神が交互に彫られ、その間にはトリトン。下部のアカンサスの葉も美しい。

神様が誰なのかについては諸説あって、海側がネプチューン(ポセイドン)、陸側がジュピター(ゼウス)とする説もあれば、軍神マルスとする説もあって現地ガイドさん曰く、決め手がないんだよね、とのこと。

ポセイドンなのかゼウスなのか
 
 美しい女神

コルテ・ダッシージ宮近くに残る古代の建物跡


朝から約2時間の観光でした。全て徒歩で回れる街です。
次の目的地ターラントまでは車で約1時間半。


ターラント

ターラントはブーツの形をしたイタリアの土踏まず部分にある港町です。
ブリンディシがアドリア海に面していたのに対し、ターラントの海はイオニア海。
写真は海沿いに建つアラゴン城。かっての要塞で現在も海軍が使用しています。


紀元前8世紀、ギリシャ人は南イタリア各地に渡り植民市を建設しました。ターラントも、そのひとつ。海神ポセイドンを奉じるスパルタ人により築かれ、当時の名前はタラス。タラスとは海という意味です。

ターラントを初めとする南イタリアのギリシャ植民市ではギリシャ本土に先駆けて成文法が成立し、ピュタゴラス派哲学が盛んになるなど政治的・文化的にも繁栄したため、当時のギリシャ植民市の人々は自分たちのことを「大ギリシャ(マーニャ・グレーチャ)」と称しました。

しかし、抑圧されていた先住民が次第に力を蓄え、紀元前4世紀には多くのギリシャ植民市は先住民に奪われることとなります。前3世紀にはローマが南下し、かっての大ギリシャはローマ帝国に飲み込まれていくこととなります。

現在のターラントはムール貝で有名な港町。ギリシャ時代のものはほとんど残っていません。アラゴン城のそばにギリシャ時代のドーリア式の柱が2本残っているのを見かけましたが、それくらいではないでしょうか。ただ、大ギリシャからの出土品を展示する国立考古学博物館があり、ターラントの見どころとなっています。

国立考古学博物館

国立考古学博物館はターラントの新市街にあります。

中に入ったら、いきなり大きな頭が置いてありました。何かと思って聞いたら、これは古代ギリシャの大彫刻家リュシッポスを記念するモニュメントでヘラクレスの頭なんだそうです。

リュシッポスはヘレニズム期の3大彫刻家の一人とされ、その人気から後世多くの模刻が作られました。オリジナルはほとんど残っていませんが、優れた模刻から、その技量の素晴らしさが偲ばれます。ナポリ国立考古学博物館所蔵のファルネーゼのヘラクレス(休息するヘラクレス)のオリジナルもリュシッポスの作です。

現地ガイドさんによると、そのリュシッポスの工房がターラントにあったということで、それを記念してのモニュメントだとのこと。このヘラクレスの頭って、オリジナルがあるのか尋ねても、きちんとした返事はありませんでした。オリジナルがありそうな気はしますが、ファルネーゼのヘラクレスとは、ちょっと違うようだし・・・。

まあ、このモニュメントは古代のターラント凄い!っていうアピールなんでしょうね。

この博物館、目玉となる派手なものはないものの、地味に凄かったです。

先史時代の彫刻(前4300〜4000)
 
 アルカイック期のブロンズ製のゼウス(前530)

両翼を持つ女(前6世紀)



多くのゴルゴン像 



興味深い展示品が並びますが、この博物館の見どころは壺絵でしょう。
余りの数の多さに圧倒されます。

 トリトンと戦うヘラクレス
 羽根のあるのはエロス?


何か劇的なシーン
 
 ゼウスの太ももから生まれたディオニュソス?

ギリシャ神話にもっと詳しければ、もっと絵の意味が分かって深く楽しめるんでしょうね・・・。


ディオニュソスの宴会
   


こちらは遺灰を入れた壺だそうです。アテネ女神



こちらも遺灰を入れた壺 馬車。足の数からすると4頭?



美しい壺絵が次々に・・


何のシーンなんでしょう。実に味わいがあります。

ディオニュソスとアリアドネ?恋人たち



白が効果的に使われているものも目に付きました。綺麗。
   


壺は小さなものから大きなものまであって、絵柄に興味は尽きません。
   


美しい彫刻も数は少ないですが展示されています。

 
 


ヘレニズム期の装飾品(前4世紀)

素晴らしい黄金のネックレス。細工の見事さに注目。



ネックレスに腕輪
 
 船型のイヤリング 凄い細かさ

今でも買ったら凄い高いですよね。凄いなあ。


ローマ時代のモザイク



テラコッタの小像

湯あみをする女性
 勝利の女神ニケ?

どちらも美しくて可愛い。家に一つ欲しい。


ターラントの国立考古学博物館は地味に凄かった。
ギリシャ神話にもっと詳しければ、もっと楽しめたんだろうな。
詳しい人は何時間あっても足りないかもしれません。
ブリンディシも小さい町ながら見どころが多い。
アドリア海とイオニア海も楽しめました。


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参考文献

ナポリと南イタリアを歩く 小森谷賢二・小森谷慶子著 新潮社 とんぼの本

基本的には現地ガイドさんの説明を元にまとめています。