パンジャーブ州の聖者廟

パンジャーブ州のムルターンとウチ・シャリフ
かってイスラム聖者の布教の拠点となった2つの街
今でも多くの聖者廟が残っています。
2014年12月訪問

写真はウチ・シャリフのビービ・ジャヴィンディ廟


パキスタンの正式名称は「パキスタン・イスラーム共和国。イスラム教を国教とし、インドから独立した国です。パキスタンにイスラム教が入ってきたのは、かなり早い8世紀のこと。その後、12世紀のトルコ・アフガン系の侵攻と13世紀から14世紀にかけて中央アジアからやって来たイスラム神秘主義者・スーフィーの活動により、イスラム教の布教は進みます。
スーフィー達はパンジャーブ州のムルターンとウチ・シャリフという2つの街を拠点に活動を繰り広げました。このため、ムルターンとウチ・シャリフにはイスラム教を広めた聖者の廟(ダルガー)が幾つも残っています。2つの街の聖者廟(ダルガー)のうち代表的なものを見て来ました。


ムルターンの聖者廟

パンジャーブ州中部のムルターンは長い歴史のある街
城壁に囲まれた旧市街に多くの聖者廟(ダルガー)が建てられています。


ムルターンはパキスタン第4の都市。インダス川の支流チャーナブ川とサトラジ川に囲まれ、古来から交通の要衝となってきました。その歴史はモヘンジョダロやハラッパーと同時期に遡るといいます。この街は暑さ・ほこり・乞食で有名。多くの聖者廟があることから、そこを参る信者の喜捨を期待して多くの乞食が集まるんだそうです。
ムルターンの旧市街は城壁で囲まれ、昔は6つの門・ゲートがありました。現地ガイドさんが「この前来た時は壊れてなかったのに・・・」というロハリ・ゲートを越えて聖者廟を目指します。ゲートの両端が残ってるのが分かりますかね。最近の雨で壊れてしまったそうです。


シャー・ルクネ・アーラム

最初に目指したのがシャー・ルクネ・アーラム。
ゲートからも見える立派な建物です。



セキュリティ・チェックを受け、靴を預けて中に入ります。
逆光になってしまったのが残念ですが
シャー・ルクネ・アーラムとは「世界の柱」という意味。


シャー・ルクネ・アーラムに葬られているのは13〜14世紀の偉大な聖者シャー・ルクヌッディーンです。現地ガイドさん曰く、「イスラムを広めた聖者の中で一番有名」なのだとか。その偉大さから「シャー・ルクネ・アーラム(世界の柱)」との称号が贈られたのだそうです。

廟は2階建てになっていて、8角形をしています。1階の8角形の角のところが、それぞれ塔のようになっているのが印象的。白い大ドームだけでなく、角の塔みたいな部分も小さな白いドームが載っています。煉瓦造りの建物で、ところどころに使われた青タイルと白いドームがアクセント。

この立派な建物は元々はこの地を治める王の墓として14世紀に建てられたもの。シャー・ルクヌッディーンは亡くなった後、最初は祖父の眠る聖者廟に葬られました。しかし、王が聖者への尊敬から、自分用に造ったこの廟を聖者に捧げ、聖者はここに移されたのだそうです。

品のある建物です。高さは約33m。



建物外壁を飾るタイルの装飾が美しい。はめ込まれた木の扉も素敵。

 
 


中に入ります。

廟の入口。タイルも木彫も見事。
 
 中には多くの墓。そして奥に聖者の棺。

聖者廟の中にある多くのお墓は聖者にあやかろうとするものだそうです。

聖者の棺
 
 お参りする信者が花を捧げていました。

多くの信者で賑わっていますが、イスラム教では本来アッラー以外に手を合わせることはできません。イスラムでは先祖崇拝も禁じられています。ですから、人々が聖者廟にお参りするのは教義的には色々あるみたいで、現地ガイドさんは「聖者はこの世にアッラーの教えを広め、光を当てた人たち。だから、敬愛を示し、その力にあやかろうとしているんだ。」と説明してました。でも、八百万の神を参る私たちからすると普通にお参りしてるように見えて、違いとかは分かりません・・・。


聖者廟の外にあった小さなランプを置く場所
信者が奉納してました。
 
 お祈りに来た人が頭を打ち付ける壁
すっかり黒くなっています。


聖者廟の敷地の中にモスクもあります。



次に見学する聖者廟を目指して歩いていく途中にも幾つもの聖者廟がありました。
時代も大きさも様々な聖者廟。本当に聖者廟が多い街です。

この聖者廟は周囲が警察になっています。
 
 小さな2つの聖者廟が並んでいました。


シャー・ルクネ・アーラムから歩いて5分ほどのところに次の見学地がありました。

バハー・ウル・ハック廟



バハー・ウル・ハックはシャー・ルクネ・アーラムに葬られていたシャー・ルクヌッディーンの祖父です。イスラム教では子孫をもうけることが奨励されるので、聖者といっても独身ではないんですね。
バハー・ウル・ハックもイスラム布教に貢献した偉大な聖者で、13世紀にモンゴルの略奪団がムルターンにやって来た時、彼らを説き伏せ、無差別虐待を止めさせたという逸話も残っています。

この聖者廟は13世紀に建てられたもので、2階建てで2階部分は8角形をしていますが、1階部分は正方形をしています。この聖者廟も聖者の棺の周囲に多くのあやかりの墓がありました。

廟に向う廊下にも多くの墓
 
 聖者の棺の周囲にも多くの墓


ここには2つの棺が並んでいます。
バハー・ウル・ハックと孫のシャー・ルクヌッディーンです。
シャー・ルクヌッディーンは最初ここに葬られ、その後、シャー・ルクネ・アーラム廟に移されました。
信者が花を捧げています。



外に出ました。反対側はこんな感じ。



次の聖者廟は少し離れた城壁の外にあります。
街中にあって、周囲はちょっとした門前町みたい。

 緑のドームの聖者廟が見えて来ました。
 お供え物を売っています。


シャー・シャムズ・タブレーズ廟



聖者廟入口に黒い旗がありますが、この黒い旗はシーア派のもの。シャー・シャムズ・タブレーズはアフガンのシーア派のスーフィで、非常に高名な人物なのだそうです。イランのタブレーズからこの地にやって来ました。長い旅をしてきた彼がみずぼらしい恰好をしていたのを見て、街の人が傷んだ肉を投げ、それを見た神が彼のために太陽を引き下げ、肉を焼いた。だから、ムルターンはとても暑いのだ、というお話があるそうです。よく分からないけど、神が太陽を下げるほど偉い人なんでしょう。シャー・シャムズ・タブレーズというのは「タブリーズから来た太陽」との意味だそうです。

霊廟の前で祈りを捧げる人
 
 棺は2つ。左がシャー・シャムズ・タブレーズ。

ムルターンの聖者廟は1600もあるそうです。



ウチ・シャリフの聖者廟

洪水で破壊された3つの聖者廟


ウチ・シャリフはパンジャーブ州南部に位置し、紀元前4世紀にアレキサンダー大王が建設したと言われている街です。13世紀から14世紀にイスラム布教のためにやって来たイスラム聖者達はこの街とムルターンを拠点に活動しました。ウチ・シャリフとは「崇高な聖地」という意味。この地でも多くの聖者廟(ダルガー)が建てられ、聖者廟の多いムルターンとは姉妹都市となっています。
しかし、19世紀に近くを流れるサトレジ川の氾濫により、街は衰退し、多くの聖者廟も破壊されてしまいました。破壊されても美しいという聖者廟を見に行きます。

丘の上にある墓地を抜けていくと美しい建物が見えて来ました。

ビービー・ジャヴィンディ廟



ビービー・ジャヴィンディ廟はご覧のとおりに非常に美しい建物です。白と青の美しい建物で、どこか女性的。現地ガイドさんにそう言ったら、なんと葬られた聖者は女性の聖者だったそうです。
周囲は墓地となっています。聖者にあやかろうと聖者廟の近くが墓地になっているようです。

ここに葬られたビービー・ジャヴィンディはスーフィー聖者ジャハニヤン・ジャハンガシュトの孫娘で、彼女自身も立派な聖者でした。

聖者廟が建てられたのは15世紀。8角形をした2階建ての建物で、1階部分は角のところに塔のようなものが置かれています。ムルターンのシャー・ルクネ・アーラム廟と似た構造だったのだと思われます。

しかも、この建物は表面全体が白く輝き、青タイルで飾られていて、より一層美しい。

しかし、正面から見たビービー・ジャヴィンディ廟は非常に美しいのですが、後ろに廻ると、その半分が壊れてしまっているのが分かります。
これは19世紀のサトラジ川の氾濫で破壊されてしまったもの。
洪水で建物の半分が流されてしまったのだそうです。
おかげで建物の構造は分かりやすくなっていますが、美しいだけに残念。

異教徒の私でさえ、残念と思うくらいですから、イスラム教徒の人たちの残念に思う気持ちは強いようで、なんでも修復・復元計画があるんですって。修復されたら素晴らしいでしょうね。


後ろから見たビービ・ジャヴィンディー廟。
厚く煉瓦を積み重ねているのが分かります。



正面に戻って撮ってみました。美しいタイル。



良く見るとタイルは張り合わせて造られています。職人さんの工夫が分かります。
   


ビービー・ジャヴィンディー廟の近くには、やはり洪水で破壊された2つの聖者廟があります。
左がバハ・ウル・ハリム廟(14世紀)、右がナウリア廟(15世紀)



この2つの廟は洪水で大きな被害を受けていますが、美しいタイルが残っていました。

 バハ・ウル・ハリム廟のタイル
 左のタイルのアップ
ナウリア廟のタイル
 


日本では余り知られていませんが
地元の人たちには大人気の聖者廟
美しくて見ごたえがあります。


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資料がほとんどありませんでした。
基本的に現地ガイドさんの説明を元にまとめています。