リスボン

ポルトガルの首都リスボン
7つの丘の街リスボンを散策しました。
ポルトガルで一番の美術館も訪れています。
2019年4月訪問

写真は市内観光の拠点フィゲイラ広場


ポルトガルの首都リスボン。テージョ川の河口近くに位置するリスボンは古代フェニキア・カルタゴの時代から天然の良港として街が築かれました。その後支配者はローマ帝国・西ゴート王国・イスラムと次々に代わりますが、1147年にポルトガル建国の王アフォンソ1世がイスラムから街を奪還し、1260年からはポルトガルの首都とされています。
リスボン最大の観光地は大航海時代の栄華を残すベレン地区のジェロニモス修道院等だと思いますが、7つの丘からなると言われるリスボンの街の散策も楽しかったし、素晴らしい美術館も訪れることができたので、ベレン地区とは別にまとめてみました。



成田を夜の便で出て、イスタンブール乗り継ぎでリスボンへ。イスタンブールまで約12時間、イスタンブールから約5時間。ユーラシア大陸で最も西の首都リスボンまでは長旅です。機体は一度大西洋に出てからリスボン国際空港に回り込みます。大西洋に注ぐテージョ川の河口はまるで湖のような広さ。テージョ川はスペインを源とする川。スペインではタホ川と呼ばれ、トレドの街の横を流れて、ポルトガルを通り大西洋に注ぎます。リスボン中心部はテージョ川の河口から約12q、空港はリスボン中心部の約7q北にあります。

空港からリスボン中心街へ。
ボンバル侯爵広場からリベルダーデ大通りがロシオ広場まで続きます。


ボンパル侯爵は1755年のリスボン大地震の後、街を建て直した大政治家。
リベルダーデ大通りを通り、ロシオ広場を過ぎてテージョ川に面したコメルシオ広場へ
車窓からなので光ってしまいましたが、コメルシオ広場、凄い広い。


かってここにはマヌエル1世の宮殿があったもののリスボン大地震で壊滅したとのこと。

コメルシオ広場からテージョ川に沿って少し西にあるリベイラ市場で昼食となりました。
リベイラ市場は白いドームのある建物。すぐ近くに地下鉄・列車の駅があり、前を市電が走ります。


市場内のアルレージョの装飾
アズレージョとは装飾タイル
ポルトガルの建物で多用されています。
 
 タコバーガー 食べた人曰く凄く柔らかい。
確かにポルトガルのタコは全て柔らかかった。
歯応えを楽しむ日本のタコとは別物です。


リベイラ広場からはテージョ川も近い。船が浮かんでいました。かすかに潮のかおり。



7つの丘の街と呼ばれるリスボンは実に坂が多い。
そのためか各種交通機関が発達しています。
 トゥクトゥクと呼ばれる観光用三輪車
 ビカのケーブルカー

ビカのケーブルカーで一気に坂を上って少し散策するとカモンイス広場

 カモンイスはポルトガル最大の詩人
 広場近くは市電が何台も走ってました。

ここらへんをシアードと呼ぶそうです。
ガレット通り。緩やかな坂道に老舗カフェや高級店が並びます。



 前方の建物の上に鉄の橋の様なもの発見
 サンタ・ジュスタのエレベーター

サンタ・ジュスタのエレベーターは低地バイシャ地区と高地シアード地区を結ぶ市民の足
鉄の橋のように見えたのは連絡橋。高さ45mだそうです。高低差ありすぎ。
更に進むとロシオ広場に出ます。

ロシオ広場



ロシオ広場の円柱の上に置かれているのは初代ブラジル王ドン・ペトロ4世像。ポルトガルの植民地だったブラジルが独立した時の王。

ロシオ広場からテージョ川のほとりのコメルシオ広場まではバイシャ(低い土地という意味)地区
と呼ばれる繁華街。

ロシオ広場のすぐ近くにはシントラ方面への列車が出るロシオ駅がある他、地下鉄の駅もあります。
それだけでなく、ロシオ広場のすぐ隣といっていい場所にフィゲイラ広場があり、ベレン地区に向かう市電15番やリスボンの下町アルファマ地区を巡る市電12番の始発駅となっています。

フィゲイラ広場からはサン・ジョルジェ城へのバス737番も出ているので、市内の主だった観光地への拠点といえる場所になっています。

左の写真はフィゲイラ広場に立つジョアン1世の騎馬像。エンリケ航海王子のお父さんです。

フィゲリア広場にはタクシー乗り場もあるので非常に便利。この広場からサン・ジョルジェ城や国立古美術館に出かけて、帰りはタクシーでホテルに戻りました。


サン・ジョルジェ城

サン・ジョルジェ城はバイシャ地区の東、テージョ川にほど近いアルファマ地区の丘の上にあります。フィゲイラ広場から市電12番でも行けるけど737番のバスで行くのが最も楽とのことなのでバスに乗って出かけました。

地図を見るとフィゲイラ広場から500mも離れていないので、すぐ着くと思ったら、バスは細い道をくねくねと登り続け、渋滞もあったからか、意外と時間がかかりました。リスボンの街は丘が多く、地図を見ても時間が読みにくい。

737番のバスの終点は城門近く、バスを降りると、すぐに右の写真の入口です。

サン・ジョルジェ城はカルサルの時代にローマが要塞として築いたのが始まりとされています。現在のサン・ジョルジェ城は11世紀中ごろにイスラム教徒が要塞として建てたもの。その後、初代ポルトガル王アフォンソ・エンリケスがリスボンを奪回すると城は拡張され、宮廷生活に利用されました。

1755年のリスボン大地震で多くの建物が倒壊し、その後は軍事的な場所として利用される時代が長く続きましたが、近年の発掘で前7世紀の住居跡も見つかっているそうです。

前7世紀というのはフェニキア時代の遺構でしょうか・・・。

現在のサン・ジョルジェ城は城内が公園となっていて、リスボンの街の見晴らしの良さで有名。
テージョ川に面したコメルシオ広場が見えます。4月25日橋も写っているのですが分かるでしょうか。


フィゲイラ広場が見えました。ロシオ広場の円柱もかすかに確認できます。


リスボン中心部は坂が多く古い街であるため人口は約60万人とのこと。
現在は郊外に多くのベッドタウンが拓かれ、郊外を含めた人口は300万人とのことでした。
ちなみにポルトガルの国土は日本の約4分の1。総人口は約1000万人。
東京の人口は約1300万人ですからポルトガルの総人口を越えます。

フィゲイラ広場が見えたあたりには大砲が置いてありました。


かっての王宮跡。リスボン大地震で建物は倒壊したそうです。


城への入口。写真右の塔は司令塔となった中心塔。
左の塔はリスボン大地震まで公文書館として使われていたもの。


城壁の上に登ることもできます。幾つもの塔が残ってました。
   

サン・ジョルジェ城は夕日の名所としても有名だそうです。
ただ城の麓のアルファマ地区はちょっと物騒らしいので注意が必要なのだとか。


国立古美術館

フィゲイラ広場から市電15で市の北西部へ。
ベレン地区の手前、4月25日橋の手前にあるポルトガル最大の美術館を訪れました。

ヌーノ・ゴンサルヴェス作 「聖ヴィセンテの衝立」


4階建ての美術館、階段を4階まで上がると出迎えてくれるのが、この「聖ヴィセンテの衝立」。アフォンソ5世の宮廷画家だったヌーノ・ゴンサルヴェスがリスボンの守護聖人聖ヴィセンテとアフォンソ5世をはじめとする王族の人々を描いたものとされています。ゴンサルヴェスはリスボン派の巨匠としてベレンの発見のモニュメントにも彫られているほどのポルトガル最大の画家。確かに凄い迫力なのですが、同時になんで聖ヴィセンテが2人いるの?と疑問も生じてしまう作品です。なんでもこの絵には色々と謎があるらしく、聖ヴィセンテではなく別の兄弟聖人だとか、そもそも作者はゴンサルヴェスではないんじゃないかとの説まで生まれているとのこと。
また、この絵はエンリケ航海王子がどの人物かも議論となっていて、かっては左から3枚目のパネルで聖ヴィセントの右側にいる黒い帽子の人物がエンリケ航海王子とされていましたが、最近では右から2枚目のパネルで跪いている人物がエンリケ航海王子との説が有力とのこと。

これまでエンリケ航海王子と言われていた人物
 
 近時、エンリケ航海王子と言われている人物
どっちがエンリケ王子なんでしょう。最近ではそもそもエンリケ王子は描かれていないという説まであるとか。


南蛮屏風


この美術館の3階には大航海時代にポルトガルが世界各地から集めた収蔵品が展示されています。

その中で日本人なら見逃せないのが六曲二隻の南蛮屏風。狩野内膳の作とのことです。

ポルトガル船がインドのゴアを出航した場面と、日本の長崎に到着した場面を描いた屏風が対になっているのですが、ポルトガル船を屏風の半分の広さを使って大胆に描き、人物も大きく動きがあります。

右の画面は長崎に着いたところ。船のマストに上る人物や荷を積みだす人物、これを迎える日本人が描かれています。

何より保存状態が素晴らしい。日本の作品が大事にされているって気持ちが良いですよね。

南蛮屏風は他にも展示されていて、そちらは、より一層ポルトガル船が大きく描かれていて迫力が凄い。
博物館のショップで絵葉書が売っていたので買ったのが下の写真です。余り絵葉書の種類が多くなかったんですが、数少ない絵葉書の一つに南蛮屏風が選ばれていて何故か嬉しい。




聖アルベルトの礼拝堂


2階のかなり分かりずらい所にある聖アルベルトの礼拝堂。ポルトガル・バロックの傑作とされるカルメル会の修道院の礼拝堂だそうです。移築されたものなんでしょうか。暗かったので写真がぶれてしまいましたが、実に美しい。青を基調としたアズレージョと金泥の装飾が見事です。


ヒエロニムス・ボス作 「聖アントニウスの誘惑」
     

この美術館で最も見たかった「聖アントニウスの誘惑」。2階一番奥の部屋に展示されています。
ヒエロニムス・ボスは北方ルネッサンスの巨匠。フランドル地方で活躍し、多くの異色の宗教画を残しました。レオナルド・ダ・ビンチとほぼ同世代の画家ですが、ボスの宗教画では魚が空を飛び、男の足の間が洞窟となり、奇々怪々な姿の生き物が次々と現れ、まるでシュールレアリズムの絵のような幻想世界が描かれています。聖アントニウスは3世紀にエジプトで生まれ、20歳で両親が亡くなると全財産を貧者に与えて隠遁し、砂漠で瞑想と苦行を続けたとされる聖者です。聖アントニウスの前には様々な悪魔が現れ、彼を誘惑したり襲い掛かったものの聖アントニウスは悪魔を退け、「最初の修道士」と評されるとともに数々の病人を癒し、聖人とされました。
聖アントニウスの誘惑は祭壇画で左右を閉じるとイエスの捕縛と十字架を担がされるイエスの絵が現れます。また。「聖アントニウスの誘惑」は本来中央パネルの絵を指し、左パネルは「聖アントニウスの飛翔と墜落」、右パネルは「聖アントニウスの瞑想」と言われているそうです。

中央パネル「聖アントニウスの誘惑」中央部分


聖アントニウスの前に様々な悪魔が現れ誘惑するシーンなのでしょう。

中央上部 空を飛ぶ異形の船


様々な姿の悪魔たち
中央パネル左
 
中央パネル右下
 

中央パネル下部


この魚を見ていると何とも言えない不安感が湧き上がって来ます・・・。


左 「聖アントニウスの飛翔と墜落」上部 
空を飛ぶ魚か蛙に連れ去られる聖アントニウス


 左 「聖アントニウスの飛翔と墜落」下部
傷ついた聖アントニウスを運ぶ友人たち
背後には人の足の間が洞窟となった山?
右 「聖アントニウスの瞑想」下部
女性の姿で悪魔が誘惑しているようです
小人のような不気味な悪魔の姿も・・・
 

様々な悪魔・人の欲求を描くために、この題材を選んだのではないかとまで思ってしまう・・・。

ボスの聖アントニウスの誘惑が置かれている部屋には他にも優品が数多く展示されていました。

   デューラー作 「聖ジェロニモス」
 
  テッツィアーノ作 「マグダラのマリア」


ポルトガル最大の美術館にしては正直空いていました。
おかげでじっくり鑑賞できました。


リスボンの夜はファドを聴きながら暮れて行きます・・



首都としての歴史が長いため、他にも見どころは多いのですが
ツアーの限界で、ごく一部の観光となりました。
イベリア半島で独立を守ってるポルトガルって実は凄い強いと思うんですよ。
それなのに優しい人が多かったから、また訪れてみたいなあ。


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参考文献

るるぶ情報版ポルトガル JTBパブリッシング
いちばん親切な西洋美術史 池上英洋・川口清香・荒井咲妃著 新星出版社
知識ゼロからのルネッサンス絵画入門 宮下規久朗著 幻冬舎

基本的には現地ガイドさんの説明を元にまとめています。