アルハンブラ宮殿

スペインが世界に誇るアルハンブラ宮殿
残念ながら雨に降られましたが
雨にも負けない美しさでした。
2018年3月訪問

写真はナスル宮殿内のライオン宮


アルハンブラ宮殿はイベリア半島最後のイスラム国であるグラナダ王国ナスル朝の宮殿です。

キリスト教徒のレコンキスタ運動が進み、イベリア半島から多くのイスラム教徒が去った13世紀、ムハンマド1世はナスル朝を拓き、グラナダを首都とします。
グラナダ王国はキリスト教国のカスティーリャ王国に服属するなどして巧みに生き抜きますが、1492年、レコンキスタの波に逆らえないと判断したボアブディル王はカスティーリャ女王イサベルとアラゴン王フェルナンドに城を明け渡し、イベリア半島から去りました。

アルハンブラ宮殿はグラナダの丘の上にあります。
13世紀にナスル朝が興ると、まず9世紀に建てられたという古い要塞が改築され、14世紀に入ると丘を囲むように城壁を築いてナスル宮殿の建築が始まります。歴代の王によって宮殿の増改築は繰り返され、夏の別荘ヘネラリフェも14世紀に造られました。

ツアーではまず、地図の下のヘネラリフェを見学し、カルロス5世宮殿の横を通ってナスル宮殿という順路で見学し、自由時間にアルカサバに足を伸ばしました。カルロス5世宮殿はレコンキスタ完成後、イサベル女王の孫のカルロス5世によって建てられた宮殿です。

ヘネラリフェ

ヘネラリフェはアルハンブラ宮殿の北側にある夏の離宮。

アルハンブラ宮殿は丘の上に建てられ、城壁が廻らされていますが、ヘネラリフェは坂を挟んだ太陽の丘という別の丘の上にあります。つまりヘネラリフェはアルハンブラ宮殿の城外にあって、アルハンブラ宮殿には含まれません。
しかし、アルハンブラ最大の見どころナスル宮殿は30分刻みの厳しい入場制限があるので、指定された時間の前後にすぐ隣で近くてチケットも共通のヘネラリフェを見学することが多いようです。私たちもナスル宮の入場時間の関係で最初にヘネラリフェを見学しました。

ヘネラリフェの離宮は広大な庭園の中にあります。驚くことにヘネラリフェは20世紀まで個人所有だったということで、実は後世の手が随分と入ってしまっているのですが、それでもイスラム風の池や水路が残っています。

ヘネラリフェではシエラ・ネバダ山脈の雪解け水を利用した水路や噴水が設けられていて、水の離宮とも呼ばれます。
砂漠が故郷のイスラム教徒にとって水は貴重。彼らがイメージする天国・楽園には水が不可欠だったようです。

ヘネラリフェで最も当初の姿を留めているアセキアの中庭を目指します。
天気が良ければもっと素晴らしいんだろうなあ・・・

アセキアの中庭
 
 中央バルコニー

透かし彫りの美しい柱廊のアーチ
 
 バルコニーと透かし彫りの窓

アーチを近くから撮ってみました。凄い技術。



庭園から見たアルハンブラ宮殿
左側の高い建物はレコンキスタ後の教会。右側の茶色い建物群が宮殿。


アルハンブラとは「赤い城塞」という意味との説もあり、ちょっと納得してしまいますが
実はかっての宮殿は白く輝いていたのだそうです。


中庭を抜けても美しい池や花々が次々と現れます。薔薇が美しいGWのころがおススメとのこと。
   

雨に振られたのが本当に残念ですが、
実はヘネラリフェには糸杉が多く、晴れていると春はスギ花粉が凄いそうです。
手入れの行き届いた庭を抜けるとアルハンブラ宮殿の城壁と宮殿内に水を運ぶ水道橋も見えました。

見事な庭
 
 水の塔(右)によって守られる水道橋

アルハンブラの敷地内に入ると、レコンキスタ後に建てられた修道院を利用したパラドールや教会などが現れます。かってアルハンブラの城壁内は一つのメディナ(町)で、宮殿の他に役所や豪族の屋敷、商人や職人の家が建ち並び、モスクや市場・浴場までありました。レコンキスタ後、宮殿は余りの美しさに破壊を免れましたが、イスラムの町だったころの面影はほとんどありません。

しばらく歩くと巨大なカルロス5世宮殿が見えて来ます。カルロス5世宮殿の横から城壁の下を覗くと、かって城壁にあった4つの門の1つである裁きの門が見下ろせます。

カルロス5世宮殿
 
 裁きの門


カルロス5世宮殿



カルロス5世はレコンキスタを完成させたカスティーリャ女王イサベルとアラゴン王フェルナンド夫婦の孫にあたります。イサベルとフェルナンドの次女ファーナがハプスブルグ家に嫁いだことから、スペイン王と神聖ローマ皇帝の地位を引き継ぎました。この建物はカルロス5世が16世紀に建築を始めたものの途中で建築が中止された未完成の建物。四角い建物の中に丸い中庭がある不思議な形をしています。この宮殿建築のためイスラム時代の役所や衛兵所は取壊されました。



立派な建物ではありますが
アルハンブラ宮殿の統一感をかなり損なっているのも事実です。

カルロス5世宮殿の近くから見た景色。
手前のアーチがあるのがワインの門。その背後がアルカサバ(要塞)


団体客は門の右側の庭園を通ってナスル宮入口までぐるりと歩かされます。
アルハンブラ宮殿は30分ごとに300人しか入場できず、入場時間も厳格。


ナスル宮殿

宮殿入口が見えて来ました。


入口に入ると床にザクロのモザイク。グラナダとはザクロという意味。



メスアール宮

入口から細い通路を進むと、小さな入口
一見、簡素ですが・・・
 
 近くで見るとアラベスク模様が凄い

入口を入るとメスアールの間。ここは、王が行政や裁判を行った場所。ナスル宮殿で最初に造られた部分とされています。

この部屋、天井や壁の装飾は美しいイスラム様式といった感じなのですが、他方で、部屋の中に木製の欄干のようなものがあったりして、何とも奇妙でちぐはぐな印象を受けます。

説明を聞くと、この部屋はレコンキスタ後、教会に改築されてしまったのだそうです。その時に、大幅に手が加えられ、かっての姿とは違うものになってしまったわけです。

手すりのようなものは聖歌隊席の跡。
それだけでなく、イスラム時代は庭に面して開放された造りだったのが塞がれてしまいました。
イスラム時代は日本の時代劇のお白州みたいに、裁判の時、一般市民は中庭の低いところにいて、王様は建物の中から見下ろす形で判断していたみたいです。

かっては部屋の中央の4本の柱で囲まれた場所に玉座が置かれていたとか、重要な閣議が行われたとか言われているそうですが、正直、かっての姿を想像するのは、かなり難しくなっています。

 壁に残る装飾
 天井

メスアールの間を出ると、小さな中庭に出ます。
ここは打って変わって、見事なイスラム空間。
メスアールの中庭と言い、かって王が謁見を行う場所でした。

美しいアーチの奥は黄金の間
 
 コマレス宮の入口となっているファサード

とても綺麗だったんですが人が多くてゆっくり写真が撮れない。
30分300人の入場制限があるといっても宮殿内は結構狭いので大混雑です。

メスアールの中庭を抜けると、晴れていればアルハンブラ宮殿でも屈指の撮影ポイント

コマレス宮とアラヤネスの中庭



南側柱廊
 
 北側柱廊とコマレスの塔

アラヤネスの中庭には長さ34,7m、幅7,15mという大きな池と、その両脇にアラヤーンという植物の植え込みがあります。アラヤーンは天人花・ミルトとも言い、葉を揉むと良い香りがするのだそうで、その複数形であるアラヤネスが名前の由来です。

ここはかっての外交の場。コマレスの塔の中には大使の間とも玉座の間とも呼ばれる広いホールがあり、ここで王が諸国の使節と謁見を行いました。

大使の間はアルハンブラ宮殿で最も広い部屋で、繊細で見事な漆喰細工のアラベスク模様に圧倒されます。今でも十分美しいのですが、元々は壁に彩色が施され、しかも、バルコニーに見事なステンドグラスが入っていて訪れる人を驚かしたと言います。ステンドグラスからの色彩豊かな光が、彩られた壁を照らす何とも美しい場所だったのでしょう。

大使の間の中には3つのアーチがあり、中央が王、左右が大臣の席だったそうです。

謁見の後は、中庭でセレモニーが行われ、使節は歓待されました。きっと天国に来たように感じたでしょうね。

美しい天井。糸杉の木を使い、白い部分は象牙という豪華さ。


美しい透かし彫りの窓と壁を埋め尽くすアラベスク模様


繊細なアラベスク模様。かってはどのように彩られていたのか。


大使の間の入口
 
 塔の中からの中庭の眺め


ライオン宮

アラヤヌスの中庭を抜けると、ライオンの中庭と中庭を取り囲むライオン宮。
アルハンブラ宮殿最大の見どころです。


中庭中央にはライオンの噴水


縦約29m、横約16mの中庭の中央には12頭のライオンが支える水盤が置かれ、噴水が上がるようになっていました。水盤の下から十字に水路が設けられ、水路の先の四方の部屋に続いているのですが、部屋の中にも噴水が置かれ、その水が水路を通ってライオンの下に流れる仕組みとなっています。

中庭を囲む回廊は漆喰細工と透かし彫りの美しいアーチが124本の大理石の柱で支えられています。美しいレースのようなアーチ・・・

イスラム建築では中庭を回廊で囲むということはなく、これはキリスト教の修道院建築の影響とされています。グラナダ王国はカスティーリャ王国に服属していましたから、キリスト教の影響も受けているわけですね。そういえば偶像を否定するイスラム教でライオンの姿を彫るというのも珍しいこと。

ここは王の私的空間でした。アラヤヌスの中庭からライオン宮に入って、右側に進むと中庭南側のアベンセラッヘスの間と呼ばれる王の居間。左側に進むと中庭北側のニ姉妹の部屋と呼ばれる王の母の部屋。そして、入口の向かい側、中庭東側が諸王の間と呼ばれる王の寝室や宴のために使用された場所。



庭の東側と西側にはパベヨーンという張り出した一画があります。
暑い時期、王はここで宴を楽しんだのだそうです。

入口から右に進みました。

アベンセラッヘスの間
 鍾乳石飾りが素晴らしい天井
美しいアーチや タイル

中庭の南側に位置するアベンセラッヘスの間。現地ガイドさんは「王の部屋」と説明していました。この部屋の中央にある水盤に赤い染みがあることから、王がアベンセラッヘス一族を皆殺しにした部屋で水盤の染みは流血の跡という伝説が生まれましたが、水盤の染みは単なる酸化鉄の不純物。実際には王が居間として使っていた部屋だろうと考えられています。かっては床には絨毯が敷かれ、壁や部屋の境にタペストリーが吊るされていました。

更に右に進むと、中庭を挟んで入口と向かい合う部屋に出ます。

諸王の間

中庭東側には5つの空間が連なる諸王の間
   

「諸王の間」と呼ばれるのは天井にナスル朝の王達の絵が描かれているから。イスラムは偶像禁止なのに何故と思いますが、王達の絵はレコンキスタ前にキリスト教の影響を受けたものとする説もあれば、レコンキスタ後にキリスト教徒が描いたとする説もあって良く分かりません。元々は王の寝室や宴の場として使われたそうです。諸王の間は天井だけでなく、部屋の間のアーチにも鍾乳石飾りが施されていて、実に美しい。天井近くの透かし彫りの窓から差し込む光も優雅。



美しいアーチの鍾乳石飾り
 
 壁のアラベスク模様もタイルも全て美しい。

更に右に進むと中庭北側の部屋

二姉妹の間

華麗な鍾乳石飾りの天井
 
 華麗にして優美な空間

二姉妹の間は王の母の部屋だったと考えられています。優美なアルハンブラ宮殿の部屋の中でも特に優美で女性的な柔らかさを感じる部屋なので、母后の部屋というのは非常に納得。ここはライオン宮で一番古い部分だそうです。それにしても、こんなに美しい部屋を母親の部屋にするなんてイスラムの王様は母親を大事にしてたんですね。アーチの上に透かし窓がありますが、この窓は2階の窓。冬は温めやすい2階で、夏は中庭に面し涼しい1階で生活をしていました。

夢のような優美さ


二姉妹の部屋の奥にはバルコニーのある部屋もあります。

リンダラハのバルコニー

リンダラハの庭を見下ろすバルコニー。リンダラハとは王の寵姫の名前だそうです。


ここにはステンドグラスも残っています。美しいという言葉しか出て来ません。


綺麗、美しい、凄いという言葉しか出てこなかったライオン宮。
名残惜しいですが、ライオン宮を後にします。

リンダラハの中庭
 
 浴室の屋根

ナスル宮殿を順路に従って見学するとカルロス5世宮殿裏の教会の辺りに出るのですが、
折角なのでワインの門まで戻り、先ほど素通りしたアルカサバに行ってみました。

アルカサバ

割れた塔(中央)とオメナーヘの塔(右)


アルカサバの手前は広場になっていて猫が遊んでたりしましたが、この広場はアルカサバが現役の城塞だった時は防御のための空堀だった場所。レコンキスタ完成後はカスティーリャ王国が貯水槽を設け、その上に蓋をして広場にしたのだそうです。

広場に面して2つの塔があり、上の写真中央に移っているのが「割れた塔」。右が「オメナーヘの塔」。割れた塔というのはカスティーリャ王国がアルハンブラに入城した時、塔に割れ目があったのが名前の由来。グラナダ王国の国力が衰退していたんでしょうね。

割れた塔の近くの入口から入ると、まずオメナーヘの塔に上ることができます。

オメナーヘの塔は9世紀に造られた古い塔の上に13世紀にナスル朝の創始者が最初に築いた塔。塔に上るとナスル宮殿の眺めも良いし、城壁が二重に張り巡らされていることも良く分かります。

ナスル宮殿の反対側にはアルマス(武器)の門とベラの塔も見えました。右の写真奥の一段高い塔がベラの塔、その手前の四角い建物がアルマスの門です。どちらも人が上ってます。

こちらは宮殿側の景色
左がナスル宮殿。コマレスの塔ってこんなに大きかったんだ・・・。
コマレスの塔裏手の高台にあるのがヘネラリフェ。ナスル宮殿右手がカルロス5世宮殿。


ベラの塔を目指しました。ベラの塔はナスル朝初期の王の居住空間だったそうです。

兵舎などの基礎が残る中庭とベラの塔
 
 ベラの塔頂上

ベラの塔からの眺め。オメナーヘの塔、割れた塔、そして中庭の建物跡。



ナセル宮殿意外に狭かったけど、予想以上に綺麗だった。
それにしても雨に降られたのが実に残念。
スペインも異常気象らしく
「毎年3月にはアルハンブラ宮殿に来るツバメが来ない」とのこと


スペインの遺跡に戻る

ヨーロッパの遺跡に戻る




参考文献

添乗員ヒミツの参考書魅惑のスペイン・紅山雪男著・新潮社
プロの添乗員と行くスペイン世界遺産と歴史の旅・武村陽子著・彩図社
アンダルシア散策・日本語版・エディルクスSL(現地で購入)

基本的には現地ガイドさんの説明を元にまとめています。