サグラダ・ファミリア

アントニオ・ガウディが生涯を捧げた
サグラダ・ファミリア
完成が近づいています
2018年3月訪問

写真は東側からの眺め


サグラダ・ファミリア(聖家族教会)は宗教書専門店主のジョゼップ・マリア・ボカベージャが個人の寄付による贖罪教会として建設を始めた教会です。当初の設計者フランシスコ・ビリャールが意見の対立で辞任することとなった時、後任者として指名されたのが、まだ無名だったアントニオ・ガウディ。当時のガウディは31歳。以後、ガウディは73歳で路面電車に轢かれて亡くなるまでサグラダ・ファミリアの建設をライフワークとして活動を続けます。ガウディは生涯独身で身なりに構わなかったため事故当時は浮浪者と間違えられ、病院の大部屋で事故から3日後に亡くなりました。
ガウディの建設部分は地下聖堂と東側・誕生のファサードのみですが、ガウディが建設にあたった部分は世界遺産に登録され、それ以外の部分はガウディの弟子達によって建築が続けられています。近時、2026年3月19日までに完成予定と正式に発表されました。

 ガウディが建設した東側・誕生のファサード
 ガウディ死後建設された西側・受難のファサード

建築が進む南側ファサード部分


最初に見たサグラダ・ファミリアの写真はガウディが建てた東側のファサード付近のみでその印象が非常に強烈でした。今では西側のファサードも完成し、南側の工事も進んでいます。

2010年にはローマ教皇ベネディクト16世がミサを行い、サグラダ・ファミリアはバシリカ(特権を与えられた教会堂)となりました・・・と言われても完成後の全体像が今一つ想像できなかったのですが、地下聖堂に完成模型が置いてありました。

右はサグラダ・ファミリアの模型を南側方向から撮った写真。

ガウディの計画ではサグラダ・ファミリアは南側が本来の正面。ガウディが最初に建てた東側は横の入口だったんですね。東側はキリストの誕生を表わす誕生のファサード。その後完成した西側はキリストの受難を表わす受難のファサード。正面の南側はキリストの栄光を表わす栄光のファサード。東西南のファサードはそれぞれ趣向が異なり、建築中の南側のファサードが最も華麗なものになるそうです。

そして塔は全部で18本。キリストを象徴する最も高い塔、マリアを象徴する塔。福音記者を象徴する4つの塔、そして12使徒を象徴する12本の鐘楼。
今のところ12使徒の鐘楼のうち8本のみが完成しており、今後10本の塔・鐘楼が建てられることになっています。

サグラダ・ファミリアの東側の公園には池があって撮影ポイント。
サグラダ・ファミリア東側の生誕のファサード。



生誕のファサード(東側ファサード)

4本の使徒の鐘楼と
生誕のファサード上部
 
4本の使徒の鐘楼の真ん中に立つ
生命の木

朝日が当たる東側は、イエス・キリスト誕生の希望と喜びを表す「生誕のファサード」。
ガウディが完成させた唯一のファサードです。

鐘楼は高い方が107m、低い方が96m。ガウディは鐘の音が街に響き渡るように工夫を凝らしたのだそうです。

4つの鐘楼は12使徒のうちバルナバ、シモン、タダイ、マタイを象るもので、下からは分かりませんが名前も表記されています。
バルナバという名前は12使徒として馴染がありませんが、キリスト教初期の信徒で、本によっては12使徒に数えられるのだとか。

ファサードは3つの入口を持ち、それぞれ聖家族を象徴しています。
中央がイエスを象徴する「慈悲の門」、右側が聖母マリアを象徴する「信仰の門」、左側がマリアの夫でありイエスの養父であるヨセフを象徴する「希望の門」。

中央のイエスを象徴する「慈悲の門」の上、使徒を表わす4本の塔の真ん中に置かれた緑色の木は「生命の木」。
枯れない糸杉は永遠の命、白い鳩は信者を象徴しているのだということでした。

生誕のファサードの前に立つと、細かく空間を埋め尽くしている彫刻に圧倒されます。

彫刻は柔らかく、石造りでありながら、まるで葉が生い茂る森か緑豊かな山のようです。ここまで彫刻で埋め尽くされているのに決してうるさくない。なんともいえない生命力と温かさを感じます。ガウディはイエスの生誕の喜びだけでなく、生きる希望と喜びを表現したかったのかもしれません。

生誕のファサードを埋め尽くす彫刻のテーマはイエスの誕生から幼少期の出来事。

右の写真は3つの門の中央・イエスを象徴する「慈悲の門」。

最上部にはイエスが聖母マリアの献身的な愛に報いるため冠を授ける「聖母マリアの戴冠」。

その下に、受胎告知、イエスの降誕とそれを祝福する天使たち。天使の合唱隊は日本人彫刻家の外野悦男氏が修復したものです。

イエスの降誕シーンは入口の上に置かれて、その左右に東方の三博士の礼拝(左側)と羊飼いの礼拝(右側)が彫られています。

最上部の聖母の戴冠
イエスが聖母マリアに冠を授ける
 
 イエスの降誕と
それを祝福する天使たち

イエスの降誕を祝福する天使たち。湧き立つような喜び。


イエスの降誕
優しげな聖母マリアと聖母子を見守るヨセフ
 
 左側のヨハネを象徴する希望の門には
エジプトへの脱出の場面

左側のヨハネを象徴する希望の門
最上部にマリアとヨセフの結婚
 
 右側のマリアを象徴する信仰の門
中央に学者たちと応答するイエス

生誕のファサードを眺めていると1日が暮れてしまいそうです。
聖堂内部に進みます。

聖堂内部



聖堂内部に進むと、これまでの大聖堂のイメージと全く異なることに驚きます。何より明るい。大聖堂と言うと神秘的だけど薄暗いイメージですが、サグラダ・ファミリアの内部は明るく、様々な色の光で照らされて輝いています。ガウディは聖堂内部を「万華鏡のように」と考えたのだそうです。
そして、高い柱はまるで大木の林に入ったよう。現地ガイドさんは聖堂を建てる時に伐採したプラタナスの木をイメージしたものだと言っていました。柱の高さは60mだそうです。

東側は朝日をイメージしたステンドグラス。青と緑が美しい。


西側は夕日をイメージした赤。
殉教者のステンドグラスになっていて、日本人殉教者もいます。


 東側。朝日のイメージ。
 西側。夕日のイメージ。


祭壇


他に類を見ない不思議な祭壇
宙に浮く十字架上のイエス
 
 祭壇の天井

角度を変えて撮ってみました。


宙に浮いた十字架上のイエス。舞い降りて来たようにも舞い上がるようにも見えます。
   

天井は花で埋め尽くされているようです。
   

柱を飾るのは4人の福音記者のシンボル。ライオンはマルコ。
   


聖堂内を歩くと様々な色の光に包まれて、凄い幸せ。
   



受難のファサード(西側ファサード)



夕日が当たる西側はイエスの受難を表わす受難のファサード。
ガウディの死後、弟子たちがガウディの構想に基づき建築したファサードです。

4つの鐘楼は高い方が112m、低い方が107m。生誕のファサード側の鐘楼より少し高くなっていて、12使徒のうち、小ヤコブ、バルトロマイ、トマス、ピリポを表わしています。

受難のファサードは生誕のファサードとは随分と趣が異なります。

まず目に付くのが鐘楼の下の白い骨のような装飾。
生誕のファサードでは3つの入口がアーチ状に彫刻で装飾されていましたが、受難のファサードでは6本の柱が斜めに置かれ入口前が広間のようになっています。

ファサードには最後の審判からキリストの磔刑までが彫られていますが、壁は極力装飾を排し、草一本生えない荒涼とした岩山のようです。

「苦痛」や「死」を思わせるファサードですが、実は中央の2本の鐘楼を繋ぐ場所にキリストの昇天の場面が彫られています。

受難のファサードを飾る彫刻


イエスが弟子の一人が自分を裏切ることを伝える最後の晩餐からゴルゴダの丘での磔刑までの様々な場面が続く受難のファサード。

ここでの彫刻は生誕のファサードの柔らかい彫刻とは全く違う角ばった、どこか無機質なもの。
カタルーニャの現代彫刻家ジョセップ・マリア・スピラックスの作品です。

左は十字架に架けられたイエスと、十字架を担いでゴルゴダの丘に登るイエスの汗を拭ったベロニカ。ベロニカが差し出したベールでイエスが顔を拭くと、ベールにイエスの顔が浮かび上がったという奇跡のシーン。
ベロニカが広げた布にはイエスの顔が浮かび上がりますが、ベロニカ自身の顔はのっぺらぼうで表わされています。どんな意味があるのでしょうか・・。

また、ユダがイエスに接吻し、兵士に誰がイエスを知らせるシーンでは数字のパネルのようなものが彫られています。このパネルはどの列の数字を足しても33となるようになっていて、イエスが磔刑となった年齢を表わしているそうです。

聖堂入口には鞭打たれるイエスの像が置かれ、本当に心が痛くなるファサードです。

ユダの接吻
 
 聖堂入口に置かれた鞭打たれるイエス


受難のファサードの横を下りて行くと地下博物館があります。

博物館

博物館にはサグラダ・ファミリア建築に関する様々な資料が展示されています。

完成模型
 南側・栄光のファサード
 東側から見たサグラダ・ファミリア

イエスの塔は170m、マリアの塔は140m、4人の福音記者の塔は130mとなる予定
12使徒の塔は100m前後ですから凄い高さになりそうです。

ガウディが考案した逆さ吊り模型



未完成部分も見て回りました。

栄光のファサード(南側ファサード)



サグラダ・ファミリア南側は正面入り口となる部分。キリストの栄光を表わす「栄光の門」の建設が進められています。

かってサグラダ・ファミリアは完成まで200年かかると言われていましたが、最近、急速に建築が進んでいます。その理由の一つは元々贖罪教会で個人からの寄付によって建築資金を得ることになっていたのが、世界中から訪れる観光客の入場料で資金が潤ってきたこと。

もう一つがコンクリートや強化プラスティックなどの現代的な建築資材が使われていることにあります。

ガウディ自身はモンジュイックの丘の石を使っていましたが、ガウディは建築資材に制限をしていなかったことから、新しい建材や建築工法を積極的に使っているとのこと。
南側を歩くと、鉄筋コンクリートの柱が何本も立っているのが分かりました。

南側は道に面しているのですが、将来的には、この道の上に入口への通路を造るとか、道の反対側の店舗を立ち退かせて公園を造る計画があるものの、それに対する反対運動とかもあって、なかなか大変みたいです。

南側のファサードだけでなく残る10本の塔の建設も進んでいます。
北側からの眺め
 
 東南方向からの眺め

鐘楼にはエレベーターで登ることができます。

鐘楼



エレベーターに乗るまではウキウキだったんですが、エレベーターから降りるとコワイ。高すぎる。周囲を眺める余裕もなく一目散に階段を下りました。途中、聖堂を飾る装飾が非常に近いところに見えて凄いんだけど・・・。工事が進んでいる様子が間近で眺められるし、高所恐怖症でなければ写真撮りまくっていたかもしれませんが、余りの恐怖に動けなかった人が居たのも事実です・・・。

   

恐怖の階段



地下聖堂

受難のファサードから北に進むと地下聖堂への入口があります。
ツアーに組み込まれていたので入ることができましたが、入場は制限されているようです。

地下聖堂入口付近から見たサグラダ・ファミリア
 
 地下聖堂への入口

地下聖堂


地下聖堂はサグラダ・ファミリアの中で最も古い部分。ガウディがサグラダ・ファミリアの建設に参加した時には既に建築が始まっていました。

ボカベージャがサグラダ・ファミリアの建築を決意したのは1866年ですが、土地購入の後、実際に建設が始まったのは1882年のこと。
1883年3月には地下聖堂の掘削工事が終わり、建築工事が始まりました。

しかし、それから間もなく当初の設計者ビジャールが設計上の意見の食い違いから辞任。
後任として選ばれたガウディが地下聖堂の建築を引き継ぎ、1890年に完成させます。

ガウディは途中から参加したわけですが、それでもガウディらしさが色々な場所で見ることができます。例えば右の写真はガウディがデザインした天井画「受胎告知」。

地下聖堂では礼拝が行われ、ガウディもここで祈りを捧げていたそうです。
地下聖堂完成から2年後に亡くなったボカベージャは地下聖堂の中に葬られ、1923年に亡くなったガウディもここに葬られました。
2人の墓には今も花や火を灯した蝋燭が捧げられています。

ガウディの墓
 
創始者 ジョゼップ・マリア・ボカベージャの墓



夜のサグラダ・ファミリア

サグラダ・ファミリアは夜間ライトアップされるのですが
訪れたのがセマナ・サンタの時期(3月後半)だったので特別なライトアップをやってました。
セマナ・サンタはキリストの死から昇天までを追体験する宗教行事。
受難のファサードでドラマ仕立ての光のショー。

ナレーションに合わせて最後の晩餐から
次々と彫刻が照らされます。
 
 ラストでは昇天するイエスにライトが当たります。
一番上の白い光が昇天するイエス。

最後は使徒の塔が下から白い光に照らされて浮かび上がるのかと思っていたら予想とは違う展開。
昇天するイエスは白い光で照らされているものの下は血の色のライト。
イエスの犠牲を強調?

特別のライトアップを見れたのは貴重な体験だけど普通のライトアップも見たくて翌日も訪れました。
私はこちらの方が好きだなあ。
白い光に浮かび上がって神秘的。池の水面に移る姿は夢の様です。
 


2026年に完成したら再び訪れることができるかな。
それまで頑張ろうと思いました。


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参考文献

バルセロナのガウディ建築案内 丹下敏明著 コロナブックス 平凡社
添乗員ヒミツの参考書魅惑のスペイン・紅山雪男著・新潮社
プロの添乗員と行くスペイン世界遺産と歴史の旅・武村陽子著・彩図社

基本的には現地ガイドさんの説明を元にまとめています。