トレド

マドリッド南西に位置する古都トレド
マドリッドからの日帰り観光も可能ですが
1泊では物足りないほど素晴らしい街です。
2018年3月訪問

展望台から眺めるトレド全景


スペインで1日しか時間がなければトレドを見よと言われるのだそうです。古都トレドはスペインの歴史を凝縮したような街だからでしょう。マドリッドの南西に位置するトレドは街の三方をタホ川の渓谷に囲まれた要害の地。タホ川対岸の展望台からはトレドの街が良く見渡せます。写真左寄りの高い塔がカテドラル(大聖堂)、そして中央右寄りの四角い建物がアルカサル(王宮)です。

カテドラル周辺
 
 アルカサル周辺

天然の要塞と言える場所であることから先史時代から人々が暮らし、ローマ帝国支配下では現在のアルカサルの場所に軍営が置かれました。トレドの名はローマ時代の町の名前「トレトゥム」に由来します。
ローマ帝国が滅亡してゲルマン人の大移動が始まるとイベリア半島に流入してきたケルト・イベリア人が西ゴート王国を建国します。トレドは560年に西ゴート王国の首都とされ、最初の繁栄期を迎えます。西ゴート王国の領土はイベリア半島のみならず南フランスにも及んでいたというのですから大国です。西ゴート王国ではカソリックが国教とされていました。
その後、8世紀にイスラムの侵攻により西ゴート王国が滅ぼされるとトレドもイスラムの支配下に入ります。
しかし、キリスト教徒のレコンキスタ(国土回復運動)によりカスティーリャ王アルフォンソ6世が1085年にトレドを奪還。その後、トレドはフィリペ2世がマドリッドに遷都する1561年までカトリック・スペインの王都であり続け、繁栄を謳歌することになります。つまりトレドはコロンブスの新大陸発見により黄金期を迎えていたスペインの都だったわけです。

私のツアーはトレドに1泊しての観光でした。正直なところ、ツアーは駆け足で、実質半日の観光だったのですが、それでも今回のツアーで最も感動したのはトレドです。
初日は時々雨も降るあいにくの天気でしたが、翌日は青空が広がり、展望台から美しいトレドの街を眺めることができました。

小高い丘の上にあるトレド旧市街には、なんとエスカレーターで向かいました。
2000年にできたという長い長いエスカレーターを昇り、坂道を上ると13世紀の教会
   

ここで現地ガイドさんがムデハル様式の説明をしてくれました。レコンキスタ後、残留したイスラム教徒(ムダッジャン)のイスラム建築様式がキリスト教会の建築様式と融合した様式をムデハル様式と言います。菱形網目や多弁アーチ状に積んだ煉瓦、装飾の多い外壁、アラベスク模様などがその特徴。13〜16世紀の様式で、トレドでは至る所でムデハル様式を見ることができます。

迷路のようなトレドの街を、現地ガイドさんについて進んでいくと、今度はエル・グレコが最初に葬られたという教会に出ました。

エル・グレコといえば、頭が小さく、手足の長い、長身痩躯の人物像と、なんとも神秘的な色調の絵で有名で、日本でも人気の画家です。
彼の様な曲がりくねり引き伸ばされた人体表現はルネッサンス後期のマニエリスム式の特徴で、グレコはマニエリスムの代表的な画家とされています。

実はギリシャ・クレタ島出身の画家。エル・グレコというのは「ギリシャ人」という意味で愛称のようなものです。
グレコはスペイン黄金期の王・フェリペ2世の宮廷画家になるべくトレドにやってきます。グレコの絵はフェリペ2世の好みには合わなかったらしく、宮廷画家となることはできませんでしたが、グレコはトレドに留まり、多くの絵を残しました。

しかし、自然主義的な絵が流行するようになるとマニエリスムは廃れ、グレコも忘れ去られていきます。彼を再評価したのは、なんとピカソ。

現在のトレドはグレコゆかりの地としても大人気。

私たちのツアーでもトレドで訪れたのはグレコの絵で有名な場所でした。

サント・トメ教会

サント・トメ教会はレコンキスタ後の14世紀に、モスク跡に建てられた教会。
この教会はエル・グレコの最高傑作とも言われる「オルガス伯の埋葬」で有名です。

左の写真は教会入口を写したものですが、この入口を入ると右手はお土産屋さんになっており、お土産屋さんを横目に真っ直ぐ先に進むと向かって右手の壁に「オルガス伯の埋葬」が置かれています。
元々は教会内部から見える別の壁にあったのを見学しやすいように位置を変えたとのこと。壁一面を使った縦4.,6m、横3,6mの実に大きな絵です。

オレガノ伯爵は14世紀のトレドのお金持ちで、この教会に多額の寄付をした篤志家です。オレガノ伯爵が亡くなった際、奇蹟が起き、人々の前に2人の聖人が現れて彼を埋葬したとの伝説があり、この絵はその奇蹟の場面を16世紀にグレコが描いたもの。

絵には黄金の衣をまとった2名の聖人が騎士の姿のオレガノ伯爵を埋葬し、それをトレドの人々が見守る現世・地上界と、オレガノ伯の魂を迎えるキリストや聖母マリアらの天国・天上界が描かれています。

教会のお土産屋さんで買った「オレガノ伯の埋葬」は2つ折りになっていて裏に解説が付いていました。画面上部、中央の一番高いところにはイエス・キリスト。その左下には赤と青の衣も美しい聖母マリア。マリアの右で背を向けているのがキリストに洗礼を施した洗礼者ヨハネ。マリアの左後方には天国の鍵を持つ12使徒の一人聖ペテロ。洗礼者ヨハネの右後方にも多くの聖者たち。
画面中央の天使は透明な赤ちゃんを抱いていて(実物だと良く分かるのですが小さいと分かりにくいですね・・・)、この赤ちゃんがオレガノ伯の魂。オレガノ伯を天国に迎い入れるために雲は2つに割れています。オレガノ伯がキリストらによって出迎えられている美しいシーンです。


画面下部は現世・地上界。オレガノ伯爵を埋葬している黄金の衣をまとった2名の聖人のうち右の大司教の姿をしているのがトレドの守護聖人・聖アウグスティヌス。左の若い司祭の姿をしているのが聖ステファノ。背後に立つ黒服の男たちはオレガノ伯の埋葬のために集まったトレドの有力者達。男たちの背後には松明が燃えています。埋葬は夜に行われたのですね。
聖ステファノは石打ちの刑に処せられた殉教者で、聖ステファノの左にいる男の子は聖ステファノが石打ちの刑に処せられた場面を描いた絵を示していて(画面下部分)、聖人が聖ステファノであることを説明しています。この男の子はグレコの息子がモデル。

黒服の男たちは、グレコがこの絵を描いた頃のトレドの有力者たちがモデルとされています。
グレコは肖像画家としても優れていたらしく、この絵は当時の有力者たちの肖像画としても有名となりました。

聖ステファノの後ろで手のひらを向けている人物がいますが、手のひらの後方の正面を向いた人物(右の写真だと左から2番目)はグレコの自画像と言われています。グレコは自分と息子を描いただけでなく、なんと聖母マリアの顔のモデルはグレコの妻なんだそうです。

絵を良く見ると現世・地上界の人々のプロポーションは現実の人物に忠実なのに、天上界の聖人たちの姿は現実離れしたプロポーションをしていていることが分かります。グレコの絵はマニエリスムと呼ばれる不自然なまでに人体を引き伸ばした様式で描かれていることが有名ですが、グレコは強烈なデフォルメで聖人を一般人と描き分けているのですね。

聖人の輝くような黄金の衣、聖母マリアの赤と青の衣・・・多くの色が使われているのに破綻なく眩しいばかりなのはさすが・・・といったところでしょうか。

「オレガノ伯の埋葬」を満喫した後は、サン・トメ教会の裏手に回り、道なりに進みました。

振り返って撮ったサン・トメ教会の鐘楼
ムデハル様式
 
 建物の間から立派な尖塔が見えて来ました
カテドラルの尖塔です


カテドラル(大聖堂)

ゴシック様式のカテドラル。周囲には市庁舎や裁判所が並びます。
トレドのカテドラルはスペインで2番目の規模。


このカテドラルの建設が始まったのはキリスト教徒がトレドを奪回した1085年から約140年後の1227年。

着工後、カスティーリャ王国は、コルトバやセルビアを次々とイスラムから奪還していきます。
そして、1492年にはアラゴン王フェルデナントと妃であるカスティーリャ女王イサベルのカトリック両王がグラナダを奪還し、レコンキスタが完成。同じ年にコロンブスが新大陸を発見。
カテドラルが完成したのは、その翌年の1493年ですから、完成までに実に270年近い年月がかかったことになります。

その後スペインは黄金期を迎え、カテドラルも増改築が続きました。エル・グレコは16世紀から17世紀にかけての人物なので、彼が生きている間も増改築が続けられていたことになります。それだけでなく現地ガイドさんによると、エル・グレコの息子は建築家で、このカテドラルの建築に関わっているとのことでした。オレガノ伯の埋葬に描かれていた、あの男の子でしょうか。

増改築はなんと19世紀まで続いたそうです。
1561年にマドリッドに遷都された後も、トレドはスペインの宗教・文化の中心だったから・・・なのだとか。

大聖堂の中に入ると高い天井に圧倒されます。ステンドグラスやレリーフも美しい。
    


入口近くにある宝物室には金銀宝石で飾られた聖体顕示台が置かれています。
高さ3m、お祭りの時は町を行進するそうです
 
 金18s、銀180s、宝石2s

続いてはカテドラルの中心に移動
スペインの大聖堂の特徴は中央に内陣と、それに向き合う形でコロ(聖歌隊席)があること

内陣は閉ざされていて入れません
きらきらと光り輝いているのは分かりますが・・・
 
 聖歌隊席の入口は開いてました。
入口近くには幼子イエスを抱いたマリア様


聖歌隊席の上には左右に巨大なパイプオルガン



内陣を鉄柵の間から覗いてみました。
キリストの生涯を描いた多くの絵で飾られています。



内陣の壁に沿って奥に進みます。

 内陣裏の天井近くには明り取りの天窓
天窓からの光が差し込むトランスパレンテ

内陣の裏側にあるトランスパレンテは大聖堂の最大の見どころかもしれません。天使や幼子イエスを抱く聖母マリアが彫られた美しいバロック様式の装飾。特に朝に訪れると、差し込んだ朝日の光が天使やマリアを照らし、それはとても美しいのだそうです。見てみたかったなあ・・・・。



多くの天使たち
 
 幼子イエスを抱く聖母マリア


多くの優れた絵画が置かれた聖具室
天井画はナポリのルカ・ジョルダーノ作。


聖具室には優れた宗教画が多数展示されていて、ちょっとした美術館のようです。なかでも正面に置かれたエル・グレコの「聖衣剥奪」が有名。グレコがトレドに着いて間もない時期に描かれたもので、グレコの特徴はまだ顕著ではありませんが、それでも前衛的過ぎて論争を起こしました。

グレコの聖衣剥奪と当初の額縁の飾り
グレコは額縁を飾る彫刻も造ったのだそうです
 
 聖衣剥奪
処刑前のイエスの衣をローマ兵が剥ぎ取るシーン

グレコが彫った額縁の飾り


周囲にはグレコが描いた12使徒
聖アンデレ
X字型の十字架がシンボル
 
 聖ヨハネ
竜の巻きつく杯がシンボル


グレコ以外にも有名な画家の作品が多くてびっくり
 カラヴァッジョ作・洗礼者ヨハネ
 ゴヤ作・キリストの逮捕


カテドラル見学後はソコドベール広場まで出たところで自由時間となりました。広場近くのアルカサルに行ったんですが、雨は降ってくるし、アルカサルは大きすぎて上手く写真を撮ることもできません。広場に戻って、お茶したり買い物をしてから、広場近くのレストランで夕食を食べました。

夕食後、すっかり暗くなってライトアップが始まった広場。
後ろにライトアップされたアルカサルも見えます。雨があがって良い風情。



アルカサルの近くでタクシーを拾いました。



夜中、激しい雨音で目を覚ましました。天気が心配でしたが、目覚めれば青空。

展望台から見たカテドラル


朝日がトランスパレンテを照らしているのでしょうね。

アルカサルの大きさも改めて実感
近くから写真を撮ろうとしたのは無謀でした。



トレドは奈良の姉妹都市
奈良が一泊では到底廻りきれないのと同じで
ごく一部の観光となりました。
いつか連泊して、じっくり観光したいなあ。
道に迷いそうではありますが。


イベリア半島の遺跡に戻る




参考文献

添乗員ヒミツの参考書魅惑のスペイン・紅山雪男著・新潮社
プロの添乗員と行くスペイン世界遺産と歴史の旅・武村陽子著・彩図社

基本的には現地ガイドさんの説明を元にまとめています。