ハンピ

南インド・デカン高原の都市遺跡ハンピ。
14〜16世紀のヴィジャヤナガル王国の首都です。
最後のヒンズー教国の都は見どころ満載です。
2008年12月訪問

写真はヴィルパークシャ寺院の塔門


14世紀、北から侵攻するイスラム勢力により南に追い詰められたヒンズー教徒たちは結束してヴィジャヤナガル王国を打ち立て、北からの守りを固めるためにハンピを都としました。かってはヴィジャヤナガラ(勝利の都)と呼ばれていたそうです。
最後のヒンズー王国の首都であるハンピには多くのヒンズー教寺院と王国の王宮跡が残ります。見どころが大変多い遺跡なので、ヴィジャヤナガル様式の最高傑作と言われるヴィッタラ寺院と王宮跡は独立して別にまとめました。
                            ハンピ ヴィッタラ寺院と王宮跡を見る。

ガネーシャ(小)

広大なハンピ遺跡ですが、私たちの観光はこのガネーシャ像からスタートしました。

「SASIVEKALU」ガネーシャといいます。「SASIVEKALU]とは「マスタード」という意味だそうで、マスタードの粒のような小さなガネーシャという意味なのだそうです。

ハンピには他にもガネーシャ像があり、こちらの方が小さいことから、そのように呼ばれるそうですが、十分大きく、彫りも立派です。

面白いのは後ろです。人物が彫られていますよね(右下)。これはガネーシャの母パールバティで、母に抱かれている姿なんだそうです。
抱いているというより、しがみついているようにも見えますが。

     



ヘマクータの丘

ガネーシャのところから丘を登って行きます。
ヘマクータの丘と言い、ヘマとは黄金、クータは丘の意味。
古い門を通ると、拝殿が残っていました。レリーフの残る石も転がっています。

   


ヘマクータの丘はハンピがヴィジャヤナガル王国の都となる前から寺院が建てられた場所です。

7つの寺院が残り、ヘマクータ寺院群と呼ばれるそうですが、丘を登ると見えてくる巨大な塔門にまず目を奪われます。

これはハンピで現在も信仰の対象となっているヴィルパークシャ寺院の塔門。

シヴァ神を祀る寺院ですが、興味深いのは、シヴァ神の妻とされるのが、元々この地で信仰されていたパンパー女神であることです。

ハンピはトウンガバトラー川沿いの町ですが、この川の古い名前もパンパーでした。ハンピという名前もパンパーから来ているそうです。

元々、パンパー女神が信仰される聖地で巡礼者が集まる場所だったところをヴィジャヤナガル王国が都に選んだのだそうです。

ヘマクータの丘に古い寺院が残るのも、ここが聖地だったから。
丘には巨大な石がごろごろしていて、不思議な風景です。
ハンピには、この写真のように巨大な石がいたる所に転がっていて、ハヌマーンが投げた石つぶてと言われています。


丘を進むとヴィルパークシャ寺院の全景と、その手前に古い寺院跡が見えてきました。




ヘマクータ寺院群は10世紀ころから建てられたものです。ここでは1つのマンダパ(拝堂)を3つの祠が共有するというスリークータ・チャラ様式が見られます。これらの寺院は元々は綺麗に彩色されていたそうですが、現在はほとんど色は残っていません。元々はヒンズー教寺院でしたが、後にジャイナ教寺院に転用されたそうです。ヴィジャヤナガル王国はヒンズー教国ですがジャイナ教とはうまくやっていたようです。
   


古い寺院に歴史的意味があるのは分かるのですが・・・
やはり、どうしても眼下に見えるヴィルパークシャ寺院に目が行ってしまいます・・・。



丘を降りて、いよいよヴィルパークシャ寺院に向かいます。



ヴィルパークシャ寺院

ヴィルパークシャ寺院はかなり大きな寺院で上からでないと全景は分かりません。
写真はヘマクータの丘から見たヴィルパークシャ寺院全景。
右に高さ52mの塔門(右下)、そこを進むとまた門があり、その先が本堂です(左下)。
寺院の先にはトウンガバトラー川が流れ、その更に先には岩山が広がります。

   

ヴィルパークシャ寺院は16世紀にヴィジャヤナガル王国のクリシュナ・デーヴァ・ラーヤ王が建立しました。クリシュナ・デーヴァ・ラーヤ王はヴィジャヤナガル王国の最盛期を築いた王です。

既に書いたので繰り返しになりますが、元々は土着神であるパンパー女神を祀る寺院でした。
ドラヴィタ系の女神だったと考えられます。
このパンパー女神が後にシヴァ神の妃とされ、更に女神の配偶者であるシヴァ神を祀る寺院に形を変えて大規模に発展することとなりました。

この寺院の特徴は、なんといっても巨大な塔門。高さは52mでハンピで最も高い建築物です。

塔門は基礎部分は花崗岩で3段目以上は煉瓦でできているそうです。

煉瓦部分は漆喰で飾られ、多くの神々・人物のレリーフがびっしりと彫られています。カジュラホみたいなレリーフもありました。

この寺院はハンピ観光の目玉のひとつですが、決して廃墟となった遺跡ではなく、今も現役で人々の信仰を集めている「生きている寺院」です。

門前には多くの店が並び、多くの人々が訪れています。
外国からの観光客もいるものの、圧倒的に多いのは現地インドの人たち。入口には人気の聖なる象さんの垂れ幕がかかっていました。


52mの塔門をくぐり進むと、やや小ぶりな塔門があります。この奥に本堂があります。
それにしても、凄い人の数。




奥に本堂が見えて来ました。




境内では人気の象さんが頭をなでてくれます(左下)。
象の頭に描かれている白い3本線はシヴァ信徒の印。
右下は綺麗なサリー姿の御一行。南インドではサリーを着ている女性がまだ多い気がします。

   


いよいよ本堂へ。
この寺院の2番目の特徴はヴィジャヤナガル様式の美しい柱です。
聖堂の前の拝殿には壁がなく、ホールに多くの柱が並びます。
柱の姿は様々に美しく、繊細なレリーフが彫られています。

   


この奥が聖堂です。さすがに写真撮影禁止でしたが、お布施をすると聖水をかけてもらえます。
柱に彫られているのは獅子と象を合わせたヤーリーという想像上の生き物。




聖堂入口にはシヴァ神とパンパー女神の結婚のレリーフが彫られていました(左下)。
天井にも美しい壁画が残っています(右下)。

   


出入り口の柱・天井・階段、全て繊細なレリーフで埋め尽くされています。

   


名残惜しいですが、まだまだハンピ観光は始まったばかり。
先を急ぎます。



ハンピバザールとナンディ

ヴィルパークシャ寺院の前をまっすぐ進むとハンピバザール。



ヴィルパークシャ寺院から少し離れると、いきなり人気がなくなってしまいますが、ここはかって約1キロに渡り道の左右に店が並ぶ繁華街だったところ。遺跡なのに、ところどころに人が勝手に住んでいたりして、いかにもインドです。

上の写真で道の突き当りの建物が写っていますが、ここに大きなナンディ像があります(左下)。
上から見るとヴィルパクシャ寺院から真っ直ぐバザールが続いていたのがよく分かります(右下)。

   



トゥンガバトラー川

遺跡のすぐそばを流れるトゥンガバトラー川を見ながら移動しました。
変わった形の渡し船です。

   



コダンダラーマ寺院

川のそばに「生きている寺院」がありました。14世紀にできた寺院だそうです。
   



スーレー・バザール

再び広い道に出ました。道の両側に建物の跡が残ります。




ここはスーレ・バザール。スーレとは売春婦のこと。かって、ここには売春宿が並んでいたのだそうです。かっての都の人口は20万人。兵士も多く、兵士相手の売春婦も多かったんですね。売春婦の数は2万3000人とも言われています。付近に最近修復された階段池がありました。

   



アチュタラヤ寺院



アチュタラヤ寺院はヴィシュヌ神に捧げられた寺院で、2重の回廊で囲み、入り口に高い塔門を置くヴィジャヤナガル様式の先駆け的寺院と言われています。マタンガ・ヒルの下にあって、上から見るとその構造が非常に良く分かるというのですが、残念ながら時間の関係で中腹からしか眺めることはできませんでした。

アチュタラヤというのはクリシュナ・デーヴァ・ラーヤ王の弟の名前ということで、別名をデーヴァヴェーンガラナータ寺院といいます。半ば廃墟となっていますが、柱の装飾等が美しい寺院でした。

   



ガネーシャ(大)



大きい方のガネーシャです。こちらは「KADALEKALU]、ナッツという意味のガネーシャでケシの実より大きいよということだそうです。実際、6mもの巨大なガネーシャが建物の奥に置かれていますが、保存状態は小さいガネーシャの方が良いように見えました。柱のレリーフが綺麗です。



クリシュナ寺院



クリシュナ寺院は16世紀にクリシュナ・デーヴァ・ラーヤ王が建てた寺院です。王がオリッサと戦い勝利した後に、オリッサに祀られていたクリシュナ像をここに移し、祀ったということでした。
   



地下神殿



地下寺院は変わった寺院で、地面より低く造られています。シヴァ神を祀っているのですが、現在は聖堂の前の部屋に水が入ってしまっています。写真では手前にシヴァ神の乗り物であるナンディ(聖牛)は写っていると思うのですが、奥の聖堂のリンガは見えるでしょうか・・・。



ナラシンハ



ナラシンハというのはヴィシュヌ神の化身で、半身ライオン・半身人間の人獅子です。

ヴィシュヌ神が「人にも獣にも殺されない」ヒラニヤカシプを殺すために「人でも獣でもない」人獅子に姿を変えたのだそうです。

半分獅子と言われても、正直う〜〜んといったところですが、異形なのは確かですね。

このナラシンハ、大きさが6,7mもあります。
上の人がいない写真では大きさが分からないと思うので、人がたくさんいる写真を右に載せてみました。
正直、かなり大きくて圧倒されます。ガネーシャもそうでしたが、ハンピは大きな彫刻が好きだったみたい・・・。

今では失われてしまっていますが、かっては4本の腕を持ち、膝の上にはラクシュミー(ヴィシュヌ神の妻、日本の吉祥天)を載せていたのだそうです。

ナラシンハの天蓋のようになっている7頭のコブラを始め、全てが一つの花崗岩から彫り出されているのだそうです。
凄い技術ですね。



リンガ堂



巨大なナラシンハ像のすぐそばに巨大なリンガを置くリンガ堂があります。これも大きく、3,2mとのこと。このリンガにはシヴァの3つの目が彫られています。


色々と観光して、出発点の近くに戻ってきました。ヘマクータの丘からデカン高原に沈む夕日を見て、今日の観光はおしまい。





ハンピ観光は、ヴィジャヤナガル王国の最高傑作と言われるヴィッタラ寺院や王宮跡と、まだまだ続きます。

ハンピ ヴィッタラ寺院と王宮跡はこちら。



南アジアの遺跡に戻る



参考文献

ユネスコ世界遺産D(講談社)
世界遺産を旅する8(近畿日本ツーリスト)
21世紀世界遺産の旅(小学館)
インド神話入門(新潮社とんぼの本)

現地ガイドさんの説明を基本にまとめています。