チチェン・イツァー ユカタン半島北部のチチェン・イツァー マヤ文明とトルテカ文明の融合が見られる遺跡です。 2002年12月、2004年8月、2014年3月訪問 写真は春分の日と秋分の日のククルカン降臨で知られるカスティージョ 登ることが出来た2002年の写真 ![]() 2014年3月のククルカンの降臨はこちら
新チチェン カスティージョ
戦士の神殿と千柱の回廊 カスティージョから見た戦士の神殿とそれを取り囲むように並ぶ千柱の回廊 カスティージョの北東方向にあります。 ![]()
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なんと2014年には、ここに立ち入ることすらできなくなっていました。 こちらは戦士の神殿横の千柱の回廊。市場だったという説もあります。 かっては木か茅葺の屋根があったと考えられています。 ![]() 人が柱の中に入っていますが、これは2002年の写真。 ここも2014年は立ち入り禁止になっていました。 チチェン・イツアーは「見るだけ」の遺跡になっていると言ってもいいかもしれません。 大球技場とジャガーの神殿 カスティージョから見た大球技場とジャガーの神殿(写真中央) カスティージョの北西にあります。戦士の神殿の反対側です。 ![]()
ジャガーの神殿から球技場に回り込む形で進みます。 球技場に向う際に見上げたジャガーの神殿上部。歩くジャガーが彫られています。 ![]() ジャガーの神殿の裏が大球技場です。2002年の写真。 人がたくさんいるので、大きさが分かるかと思います。 ![]()
球技場から見たジャガーの神殿です。左下の写真でカスティージョとの位置関係も分かると思います。 右下は貴賓席?のアップ。柱はククルカンのようです。
球技場の下の壇も見どころが多いです。 ヘビの頭が端にあって(右下)、その下にはレリーフがびっしり。
有名なレリーフはこれ。球技場では同じレリーフが繰り返し現れます。 ![]() 真ん中に丸いボールがありますね。このボールには骸骨が彫られています。分かるでしょうか。 マヤの球技というと生贄の話が有名ですが、これは球技と生贄のレリーフ。 ボールを挟んで左の人物は右手に黒曜石のナイフ、左手に首を持っています。 首はちょっと白くなっていて分かりにくいかもしれませんが、首の下からは血が筋となって流れています。 そして、ボールの右側の人物は首を刎ねられ、 首からは血の代わりに7匹の蛇が飛び出し、花咲く植物が生まれているのだそうです。 ![]() 左右の人物をアップで撮ってみました。
ツオンパントリ
羽毛のあるヘビに戦士、そして心臓をつかむ鷲です。ヘビはいっぱい彫られています。 ![]() 戦士はメキシコ高原の投槍器と槍そして生首を持っているようです。周囲はヘビがいっぱい(左下)。 鷲は心臓を掴んで、まさに食べようとしているところ(右下)。
怖いけれど、美しいレリーフです。 鷲とジャガーの基壇 ![]()
これは2002年の写真。ジャガー(左)と鷲(右)は分かりますが・・・。 ![]() 2014年には随分レリーフが白くなっていました。洗ったのかな。 鷲とジャガーの上に丸メガネ・ゴーグルを付けた人物像が彫られているのが見えるようになりました。 ![]() このレリーフなどは、とても綺麗になっています。 ![]() 遺跡の鷲のレリーフ部分と(左下)、国立宮殿のマヤ展で展示されていたジャガー(右下) どちらも心臓を握り、まさに食べようとしているところ。
ジャガーと鷲の上にいる丸メガネ・ゴーグルをした人物像をアップで撮ってみました。 丸メガネ・ゴーグルはテオティワカン時代からのメキシコ高地のシンボルです。 ![]() 金星の基壇 鷲とジャガーの神殿から少し離れたところ カスティージョからセノーテに向かう道の手前に金星の基壇があります。 ![]()
![]() 左下のレリーフも綺麗だと思いませんか。私はこれが金星なのかと思ってました。 ここからはチャック・モールが見つかっていて、国立人類学博物館に展示されています(右下)。
セノーテ
自由時間に新チチェンをうろついていたら、こんな壁画もありました。ジャガー? ![]()
新チチェンは見どころいっぱい。でも、旧チチェンも見逃せません。 旧チチェン 高僧の墳墓 ![]()
左下はピラミッドの正面階段。ヘビの背中のレリーフが分かるでしょうか。 中央はミニ金星の基壇。後方の木の陰に高僧の墳墓があります。 右下はチャーク神のレリーフ。元々は神殿上部の壁を飾っていたそうです。マヤですね。
赤い家と球技場 木の裏に球技場が見えます。旧チチェンの球技場です。 球技場に隣接する建物が結構立派。 ![]() 球技場に隣接する建物の正面に回りました。 これは「赤の家」と呼ばれる建物。天上が赤かったのだそうです。 ![]()
鹿の家 ![]() 赤い家の近くにある「鹿の家」。鹿の壁画があったことから、こう呼ばれているそうです。 ご覧のとおり崩れていて、中をみることはできませんでした。 カラコル 丸いカラコルが見えてきました。 ![]() 基壇の上に建つ、この建物は高さ約13m。
尼僧院 大きな建物が見えて来ました。多くの部屋があることから尼僧院と呼ばれる建物です。 3回増築を繰り返して現在の姿になったそうです。 ![]()
尼僧院東側・教会 更に進むと、こんな一画に出ます。 ここまで来ると完全に印象が変わります。マヤ・ワールドです。 ![]()
教会(左下)を正面から見たところ。右下は教会と尼僧院を裏から見たところです、
こちらは尼僧院の裏側。 チャーク神で埋め尽くされ、入口の上には大きな頭飾りを付けた人物像。 神官ともトウモロコシの神とも言われています。 ![]()
中米の遺跡に戻る ![]() 参考文献 マヤ三千年の文明史 日本語版(ボネーキ出版社)メキシコ国立人類学博物館にて購入 古代メキシコ 日本語版(ボネーキ出版社)メキシコ国立人類学博物館にて購入 図説古代マヤ文明(河出書房新社ふくろうの本 寺崎秀一郎著) マヤ文明(中公新書 石田英一郎著) マヤ文明(岩波新書 青山和夫著) 古代マヤ・アステカ不可思議大全(草思社 芝崎みゆき著) マヤ・アステカ遺跡へっぴり気候(草思社 芝崎みゆき著) 世界遺産を旅する11(近畿日本ツーリスト) 週刊世界遺産bR9(講談社) 現地ガイドさんの説明に基づくところが多いです。 |
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